携帯電話向けコンテンツ・サービスが花盛りである。ユーザーの好みの楽曲を携帯電話機の着信音にできる着信メロディ(着メロ)や待ち受け画面を好みの画像に入れ替える壁紙,「iアプリ」,「ezplus」,「J-スカイJava」といった携帯電話向けJavaアプリケーションで作成されたゲームや地図情報など,様々なコンテンツが携帯電話機にダウンロードして利用できるようになってきた。

 しかも,これらの多くは月額数百円や1曲数十円などの料金を徴収する有料コンテンツとして販売されている。少額課金システムが整っていないインターネットとは異なり,携帯電話事業者による課金代行の仕組みが整っているため,コンテンツ・プロバイダのビジネス展開が容易だからだ。ユーザー認証や代金決済の仕組みをコンテンツ・プロバイダ自身が用意することなく,携帯電話コンテンツ・ビジネスに参入できる。

 PHSを含めた携帯電話のユーザー数は約7000万。うち約4500万ユーザーが,「iモード」や「EZweb」,「J-スカイ」などのブラウザフォン・サービスを利用中である。さらにNTTドコモの「FOMA」など,最大数百kビット/秒の高速データ通信サービスを実現する第3世代携帯電話(IMT-2000)サービスも,今年から来年にかけて登場する。有料提供を考えているコンテンツ・プロバイダにとって,携帯電話が今後ますます有望なマーケットになることは間違いない。

 だがユーザー・サイドから見ると,この携帯電話向けコンテンツ・ビジネスは,大きな欠陥を抱えていると言わざるを得ない。携帯電話機を交換した際に,購入済みのコンテンツを新しい電話機に引き継げないからだ。コンテンツ購入代金と通信料金を支払ってダウンロードした着メロもJavaアプリも,ほとんどの場合,携帯電話を新機種に交換したとたんにオサラバするしかない。

不具合による携帯電話機交換でもコンテンツはコピー不可

 これは携帯電話事業者を乗り換える場合の話ではない。同一事業者の新機種に機種変更する場合も同じである。もちろん電話番号は,機種変更の際に同じ番号を引き継げる。またユーザーが携帯電話機に登録したアドレス帳も,最近は新しい電話機にコピーしてくれるサービスを提供している。しかし購入したコンテンツを新機種にコピーしてくれる事業者は今のところない。

 機種変更だけではない。最近になって頻発している携帯電話機の不具合で,携帯電話事業者やメーカーが該当機種を回収・交換する際にも,コンテンツはコピーできない。この点については,ユーザーが到底納得できるものではないだろう。事実,ソフトウエアのバグからiアプリ対応機「P503i」を回収・交換した松下通信工業は,「有料iアプリをコピーできないことに関して最も厳しいクレームがあった」と認めている。

 このような非常事態でもコンテンツをコピーできないのは,格納されたコンテンツをコピーする仕組みが現状の携帯電話機にないからだ。コンテンツのコピーが技術的にそれほど難しいことでないことは容易に想像がつく。仕組みがないのは,携帯電話事業者があえてコピーする仕組みを作っていないからである。

「コピーできない」が携帯電話事業者にとっての最大の“売り”

 その理由は,コンテンツの著作権問題にある。有料コンテンツを提供する側にとって,最大の懸念は違法コピー。このため携帯電話事業者は,コンテンツ・プロバイダに対して「コピーできない」ことを携帯電話コンテンツ・ビジネスの最大の利点として説明している。一方のコンテンツ・プロバイダも,その点を評価して携帯電話向けのコンテンツ提供を積極化している。

 例えば,「世界名作劇場」シリーズなど人気のテレビ番組コンテンツを豊富に持つ日本アニメーションは,関連会社のジェイ・アニメ・ドットコムを通じて,iモードとEZweb向けにアニメーション画像を提供中。しかし,高速で携帯電話よりはるかに高い画質のアニメーション画像を送れるインターネットではコンテンツを提供していない。同社は,その理由の一つを,「インターネットでは不正コピーを防ぎ切れるかどうかが心配だから」と説明する。

 コピーの手段がないことが,ユーザーにメリットをもたらしているケースも確かにある。違法コピーの可能性がないからこそ,コンテンツ・プロバイダが提供価格を安くできる場合もあるのだ。例えば日本音楽著作権協会(JASRAC)は,「携帯電話,PHS等電話機のための着信メロディ再生専用データであって,総再生時間が1曲当たり45秒以内の着信メロディ再生専用データ」に,1曲当たり5円という特別に安い使用料を規定している。しかもそこには「受信した電話機から他の機器への転送,複製が可能なものを除く」という条件が明記してある。この安価な使用料に基づいて,コンテンツ・プロバイダは携帯電話の着メロを比較的安く提供しているといえる。

正当なコンテンツ購入ユーザーの権利を守れ

 携帯電話向けコンテンツの多くが,コンテンツごとの従量課金ではなく,月額固定料金の会員制を採用しているため,コンテンツ購入ユーザーの権利に関して携帯電話事業者やコンテンツ・プロバイダの意識が希薄になっている側面もある。会員であれば,再ダウンロードすればコンテンツを再び入手できるからだ。

 しかし,いくら月額固定料金といっても,再ダウンロードの際の通信料はユーザーの負担。また,まだ数は少ないが従量課金を採用しているコンテンツはある。コンテンツ・サービスを提供する以上,購入したユーザーの権利を尊重する義務が携帯電話事業者やコンテンツ・プロバイダにあると筆者は考える。今後,携帯電話向けコンテンツが発展すればするほど,この問題はますます避けて通れなくなるだろう。

 違法コピーは防止しなければならないが,正当なコンテンツ購入者を確認して,携帯電話事業者がコンテンツをコピーする仕組みは構築できるはず。一部のPHS向け音楽配信サービスのように,セキュリティ技術を用いて,ユーザー自身がコンテンツを退避しておく仕組みも作れる。

 でなければ,少なくとも,ユーザーがコンテンツを購入する際に,機種を変更するとコンテンツを引き継げないことをきちんと説明しておく必要があるのではないか。現状では,それが十分になされているとは思えない。大半のユーザーは,機種変更の際に初めてコンテンツを捨てざるを得ないことに気付くのだ。このままでは,携帯電話事業者がユーザーではなくコンテンツ・プロバイダを向いて商売をしていると言われても仕方ない。

 また,機種変更の際にコンテンツを引き継げるようにすることは,携帯電話事業者にとっても,ユーザーが機種変更を機に他事業者に乗り換えることを防ぐ一つの手段になるはずだ。こうしたコンテンツ・ビジネスの新しいノウハウをいち早く確立し,ユーザーの支持を得た携帯電話事業者やコンテンツ・プロバイダが,新しい携帯電話ビジネスの勝者になれるのではないだろうか。

(安井 晴海=日経コミュニケーション副編集長 兼 編集委員)

■日経コミュニケーションは,9月3日号で,頻発する携帯電話機の不具合について,その原因と対策を解説いたします。関心のある方はぜひお読み下さい。