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「書面」からデータへ,思考回路の切り替えが電子政府の最大の難所

2001/08/27

 「電子政府」「電子自治体」がいよいよ本格始動しようとしている。

 IT業界にとって,中央省庁に始まって全国津々浦々の市町村にまで波及する電子政府・自治体プロジェクトは巨大な有望マーケットだ。なかでも目玉は,ネットでの取引や手続きにおける本人確認や,契約内容の証明を担保する電子認証・電子公証基盤の構築である。

 しかし,電子認証基盤はあくまで「インフラ」。言ってみれば,テロや災害にも耐えうる,強固な庁舎を作るようなものだろう。その庁舎のなかで行われる業務がどのようなものに生まれ変わるのかが何より肝心だが,そちらまで十分な予算とマンパワーが回るのか。それが心配だ。

 民間企業はこれまでにも,景気の変動ごとに過酷な試練を経てきた。ITを利用した根本的な経営改革といった意味でのBPR,いわゆるリエンジニアリングという言葉が登場したのは90年代はじめだが,決して最新鋭のITの登場がそれを可能にしたわけではない。ITの導入以前に,過去を断ち切る覚悟での取引の見直し,社内の抵抗を押し切っての組織の統廃合,業務の廃止や外部委託。これらがなくては,リエンジニアリングは絵に描いた餅になってしまう。

 ある自治体のIT担当者は「我々はリエンジニアリングというものを経験したことがない」と言う。その自治体の電子化計画では,ボトムアップ的に各部署から膨大な数の電子化対象業務をリストアップして提出させるという。

 しかし,それらを寄せ集めてシステムのなかに入れたとして,どの程度効率的な「電子自治体」が生まれるのか。少なくともボトムアップ的に進めていく限り,業務と組織の大胆な統廃合という話は出てくるはずがない。それを重々承知のうえで,限られた時間と予算と人員のなかで四苦八苦している担当者の表情は曇りがちだった。

 電子認証というインフラは,一切の書類や印鑑を使わずに契約や役所での手続きが可能,という状況を想定している。つまり,これまでごく当たり前に「紙の書類・書式」で処理していた業務が,電子データを前提にしたものに置き換わる。ということは人間の思考回路も,紙ではなくデータを前提にしたものに切り替わる必要がある。

 インフラ構築のレベルで息が切れ,肝心のアプリケーションは既存の手続きで作っていた書式を単にパソコンのなかに入れただけ,という安直なシステムが増殖するようなことがあれば,早晩,利用者側から「何のための電子化なのだ」という声が上がるに違いない。

 もう随分昔のことになるが,婚姻届の用紙をもらいに区役所へ行ったときのこと。窓口の担当者はこう言った。「用紙は多めに持っていった方がいいですよ。大体の人は書き損じますから」。彼は正しかった。記入方法は信じられないほど複雑で,あっという間に2度,3度と書き間違えた。ならば書式を分かりやすいものに改良してくれればいいのだが,それはもちろん区役所の一担当者の裁量範囲ではない。最近のことは知らないが,たぶん届け用紙の書式は今もあのままだろう。

 住民の情報を「登録させる」ことを目的とした手続きでは,役所側だけに都合の良い書式書類が主役になっているが,電子データでの入力になれば,利用者である住民にとっての使いやすさが重視されて当然だ。内容さえ正しく入力すれば,後はアプリケーションが目的に応じて自由に並べ替えたり,必要な処理を施してくれるべきだ。もちろん入力の2度手間,3度手間などあってはならない。

 だが「書面での手続き」に何十年も慣れ親しんできた思考回路が果たしてうまく切り替わり,真に実効性のあるアプリケーションに結び付くかどうか。電子政府実現への最大の難所は,ここらへんにあるような気がしてならない。

(秋山 知子=日経情報ストラテジー編集委員)

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