何事でもそうなのだろうが,新しいビジネスの創造には自由が必要である。そして,インターネットはまさに“自由の翼”だった。従来のビジネスに比べコストがほとんどかからず,地域や国の枠組みをあっさりと越え,自由な発想でビジネスを立ち上げることができた。日本でもEC(電子商取引)など様々なネットビジネスが生まれた。

 そのネットビジネスは今,“ネットバブル崩壊”の後遺症から立ち直れずスランプ状態にある。そのためか,ECブームがシュリンクするのに反比例するかのように,ブロードバンドに対する期待が高まっている。いわく,インターネットの普及に匹敵するネットビジネスの起爆剤になる。いわく,VOD(ビデオ・オン・デマンド)型の新しいコンテンツ・ビジネスが生まれる。いわく,ECサイトで動画を活用すれば売り上げアップを図れる・・・。

ブロードバンドへの過大な期待は禁物

 しかし本当にそうなのか。著者は,ネットビジネスに関する限り,ブロードバンドへの過大な期待は禁物だと思っている。むしろ,ネットビジネスを今以上の消耗戦へと引きずり込む“つまずきの石”になりかねないとすら考える。

 ブロードバンドで期待されるコンテンツとして,真っ先に思い浮かぶのは映像や音楽だ。理屈では,これらのコンテンツは文字や静止画ぐらいしか使えない今のWebサイトに比べ,表現の自由度が広がるはず。

 しかし現実には,そうはならないだろう。ビジネス利用に耐えうる映像や音楽は多くの場合,その道のプロしか作れない。その他のビジネス・パーソンは手出しができない世界だ。現状においては,ブロードバンドのコンテンツを供給者は特定のスキルを持つ人たちに限られる。

 一方,文字や静止画で構成されるWebサイトには,誰でも手出しができる。1995~96年のネットビジネスの黎明期は,特にそうだった。その表現形態は雑誌に近いが,極めて敷居が低く,最初から出版のプロ以外にも開放されていた。出版業に席を置く者として,人ごとのように語るのは内心じくじたるものがあるが,文字と静止画の表現手段を使いこなしてネットビジネスを主導したのは,むしろ出版のプロ以外の人たちだった。

 日本ではファイナンスの仕組みが整わなかったために,米国型のネットベンチャーの登場は遅れた。このため,日本のネットビジネスを米国の物まねに過ぎない思っている人も多いが,決してそうではない。

 著者は95年からネットビジネスの動向を追ってきたが,この間,様々なチャレンジを見てきた。96年に家具屋,洋品店,傘屋など個人商店主が企業に先駆けて立ち上げたECサイトは,成功事例として多くの企業の担当者の研究対象となった。96年末に,まず日本エアシステムが始めた航空券のネット販売は,世界的にみても先駆的な試みだった。

 それらは失礼ながら,お世辞にもコンテンツとしては出来の良いものではなかった。もちろん彼らはコンテンツ制作では素人なので,それは当然。彼らはそれぞれのビジネスのプロとして,新しいメディア,表現手段を自由に活用し,ビジネスを創造したわけだ。

 Webサイトのコンテンツはその後大きく進化し,今ではユーザーに受け入れてもらうためには,それなりのクオリティを要求される。しかし今でも,コンテンツ制作の素人であってもデザイナの力を借りるなどして,ビジネス・パーソンが自らの主導でコンテンツを企画・制作することは可能だ。

袋小路に迷い込む? ブロードバンドのコンテンツ

 さて,映像などブロードバンドのコンテンツだが,文字や静止画によるコンテンツに比べ圧倒的に敷居が高い。ネットビジネスに活用するといっても,自由な発想で企画・制作というわけにはいかない。映像など感性に訴えるコンテンツはユーザーの評価もシビアで,やはりその道のプロに依頼し,彼らの“作品”を利用させてもらうしかない。

 しかもプロはプロゆえに,発想が縛られる。雑誌の作り手がWebサイトを雑誌のアナロジでとらえるように,ブロードバンドのコンテンツもテレビ番組や映画,コマーシャル・ビデオなどと同一線上にとらえている。実際ブロードバンドのコンテンツの話題は,「映画をネットで配信する」「ECサイトでCM映像を流す」といった話がほとんどだ。

 おそらくブロードバンドのコンテンツは,このままでは袋小路に入ってしまうだろう。もちろん,音楽や映画など一部のコンテンツ・プロバイダはネットに新たな収益源を見つけることができるかもしれない。しかし,ネットでは現実世界以上にデフレが進行している状況を考えると,コンテンツを再生産できるだけの収益をネットから上げることができるかは,はなはだ疑問だ。

 物販など一般のECサイトでは,さらに悲惨なことになる可能性がある。テレビCMだけを使い回せるとは限らない。著作権処理も大変だ。プロに新たな“作品”を作ってもらうとなると,コストがかさむ。配信にかかるコストも考えると気が遠くなる。しかし,ライバルが映像や音楽の活用に踏み切れば,自分のサイトも対抗上・・・。これでは,ネットへ常時接続するユーザーの来訪が増え,売り上げが伸びたとしても,とてもペイできないだろう。

 したがって著者は,ブロードバンドがネットビジネスの起爆剤になるためには,文字と静止画のWebサイトと同様に,一般のビジネス・パーソンでもコンテンツを企画・制作できるような環境が必要だと思っている。少なくとも,コンテンツの企画・制作に強くコミットできなければならない。そのためには,映像などをより簡便に制作できるツールや支援サービスなどが多数登場することが不可欠となる。

 さらに言えば,消費者も含め誰でもがブロードバンドのコンテンツを作り発信する“文化的土壌”も必要だろう。電子メールやWebは,多くの人に情報を発信するツールとなった。日本人が手紙など文字を書かなくなったと言われていた折,劇的に文字文化が復活を遂げたと言ってもよい。そうした誰もが情報発信したり受け取ったりできる土壌のなかで,ネットビジネスも育ってきた。

 さて,映像などブロードバンドのコンテンツではどうか。多くの人が“利用する側”に固定されている状況が崩れ,コンテンツを制作し発信する側に回れるだろうか。そうなれば,映像などへのシビアな要求水準も下がり,ネットビジネスでの利用機会も増えるのだが・・・。

 ネットビジネスでブロードバンドの果実を本当に享受できるようになるのは,家庭のビデオカメラが「子供の運動会を録画するだけの機械」でなくなったとき――そんなふうに思う。

(木村 岳史=日経ネットビジネス副編集長)