東京都内に住むP氏。彼は従業員が約500名の企業で,システム運用に携わっている。そんな彼の自宅にブロードバンド回線がやってきたのは6月のこと。契約しているインターネット接続事業者(プロバイダ)が,ADSL(asymetric digital subscriber line)回線に対応したため,彼も早速切り替えたのだ。

新社内網の方が自宅より高くて遅い

 「会社よりも早い・・」。ADSLをつなぎ込んだその日,P氏は大きなショックに見舞われた。ADSLはネットワークの混雑具合などに応じて速度が変わるベストエフォート型のサービスではあるが,P氏の自宅では上限値の1.5Mビット/秒に近いスループットが出たという。ショックを受けたのは,P氏が中心になって2月に再構築したばかりの新社内網のスループットを上回る数字だったからだ。

 P氏が勤務する本社から,新社内網の基幹網であるIP-VPN(仮想閉域網)サービスまでは,1.5Mビット/秒の専用線で結んでいる。ここはまだよい。しかし,東京以外にある6カ所の地方拠点とのあいだには,128kビット/秒のエコノミー専用線(ディジタルアクセス,DA)を使っている。

 最大速度で比較すれば,P氏の自宅の環境は地方拠点よりも10倍以上も“快適”ということになる。たとえネットワークが混雑することはあっても,個人向けサービスで体感できた品質を考えると,ビジネス用途にも十分使えるのではないかと判断できた。ところが料金は,P氏の自宅のサービスは月額で6000円弱。DAは最短距離でも3万円だ。

 この状況がP氏としてはおもしろくない。たとえ,P氏個人が会社よりも快適な通信環境を手に入れることができたとしてもだ。「日本のブロードバンドは個人向けサービスの方が進んでおり,企業向けサービスがまだまだ遅れている」。P氏は社内網にもブロードバンドを取り込む手だてを考え始めた。

企業だってブロードバンドが欲しい

 前置きが長くなったが,P氏の体験談には,日経コミュニケーションが実施した「ブロードバンド時代の企業ネットワーク実態調査」をキッカケにして行き着いた。この調査では,上場企業を中心とした国内約3000社にアンケート票を送付し,その3割に当たる869社からの回答を得た。調査では,WAN(wide area network)からLAN,内線電話網までの社内網の現状や将来の更改時期,アウトソーシングへの考え方など全60問を尋ねている。

 アンケートの表題にわざわざ「ブロードバンド」と銘打ったのには理由がある。昨年あたりから一般家庭やSOHO(small office home office)などから火がついたブロードバンドを,企業がどう生かし始めたかを調査の主眼に据えたからだ。

 そしてアンケート結果によって,社内網を広帯域化したいというニーズの高さを裏付けることができた。細かい数値は省略するが,社内網のトラフィックの伸びをみると,「前年より増えた」と答えた企業がおよそ7割。1.5倍以上増えた企業だけに絞っても3割を超えている。さらに,社内網の見直しを検討している企業のうち,6割以上が見直しの理由に「WAN部分のトラフィック増大」を挙げた。これは複数回答の選択肢のうちでトップだった。

 さらにアンケートのあとで実施した直接取材からも,WANに対する潜在的な広帯域化のニーズが次々に明らかになった。「社内網がもっと太くなれば,各店舗に動画を配信して,店頭での情報発信が可能になる」(衣料チェーン)。「別の回線で実現しているテレビ会議を,社内網に収容できる」(IT系商社)などである。

 これらの企業に共通しているのは,現在はコストの面から現状の帯域で我慢しているが,回線さえ太くなれば全く新たなアプリケーションや役割を社内網で実現したいという意欲である。ブロードバンドを取り込むことで,社内網の“構造改革”を目指しているともいえる。

半分の社内網が2年で入れ替わる

 WANとして利用する通信サービスにも,大きな変化の兆しが表れた。「現在主力として使っているWAN回線」では,上位からフレーム・リレー,高速デジタル専用線,エコノミー専用線(県間,県内を合わせたもの),ISDNという順になった。

 これが「将来導入を検討するWAN回線」という質問では,上位ががらりと変わった。IP-VPN,ADSL,広域イーサネットという順番になったのだ。2年前ころから登場したIP-VPNや広域イーサネットでは,従来よりも安く速い社内網を構築した企業の事例が相次いでいる。こうしたサービスで,現在社内網に利用している通信サービスを置き換えようとする企業が多いということを物語っている。

 社内網を全社的に見直す時期としては,「2003年までに」という企業が53%に達した。つまり,半数の企業内ネットワークがこれから2年のうちに切り替わることになる。今後いっそうの厳しさを増す経営環境のなかで,社内網のコストを引き下げ,速度を上げられれば,企業にとって大きなプラスとなる。主力として使われるWAN回線の順位が大きく入れ替わるのも,そう遠い話ではないかもしれない。

 最後に,P氏の会社も社内網にブロードバンドの採用をほぼ決めたことを報告しておこう。基幹網のIP-VPNは維持するものの,早ければ年内にも,各拠点からIP-VPNまでのアクセス回線をADSLで置き換える。この結果,全国の拠点から最大1.5Mビット/秒の通信が可能になるという。

(松本 敏明=日経コミュニケーション副編集長 兼 編集委員)

■「日経コミュニケーション」は,8月20日号で,上記「ブロードバンド時代の企業ネットワーク実態調査」の結果を基に,特集記事を掲載します。関心のある方はぜひお読み下さい。