開いた口がふさがらないとはこのことだ。

 7月4日にソニー製の56万台。7月10日に松下通信工業製の約10万台。追い討ちをかけるように7月13日には,カシオ計算機など5社の15機種のうち5万2100台。いずれも,今月に入ってから不具合が見つかった携帯電話機の台数である。

 10日足らずのあいだに,これだけ問題が相次ぐのも凄いが,同じメーカーが何度も過ちを繰り返しているのだから驚く。今回問題が見つかった松下通信工業の製品は,2月に回収して不具合を修正したはずの機種。松下のライバルのソニーも5月以降に立て続けに問題が発覚し,回収の費用として120億円もの巨費を費やすというありさまだ。

 頻発する不具合の引き金を引いたのは,携帯電話機における開発工数の急増である。特に顕著なのが,ソフトウエアの開発だ。携帯電話機では,新たな機能の追加によって機種が変わるごとにソフトウエアのコード量は数十%も増えてしまう。ところが,開発にかけられる期間は短縮される一方。急激に膨れあがる負担は,開発現場の肩にずっしり重くのしかかる。そのひずみが,相次ぐ不具合となって表面化しているわけである。

 最近の携帯電話機の急変ぶりを考えると,無理からぬ話かもしれない。たった2年半前には,iモードもカラー液晶もJava対応電話もなかったのだから。携帯電話機の開発現場では,深夜残業や休日出勤は当たり前。あるメーカーでは,ソフトウエア技術者がタクシーに乗ると,行き先を告げなくても自宅まで送り届けてもらえるというから,尋常ではない。こうした惨状を目の当たりにしたメーカーは,技術者の数を増やすなど対策に大わらわ。それでも不具合は収束するどころか増える一方である。

 携帯電話機の開発現場が抱える問題は,単に技術者の頭数が足りないことばかりではない。実は原因はもっと根深い。複数のソフトウエア・エンジニアは自嘲気味にこう明かす。自分たちの作っているソフトは「ツギハギだらけ」だと。

 時間や人数が限られる現状の開発体制では,たとえばソフトウエアの動作が仕様通りでなかったときに,問題点を根本的に修正している余裕がない。問題を抑えるためだけのソフトウエアを追加するなど,どうしても場当たり的な手段に頼ってしまう。その場しのぎの対策を積み重ねた結果,携帯電話機向けのソフトウエアは複雑怪奇になり,動作はますます不安定になってしまったわけだ。

 携帯電話機のエンジニアたちは,何度もソフトウエアを一から作り直そうと試みている。各種の開発ツールを導入したり,オブジェクト指向の開発手法に果敢に取り組むメーカーもある。ところが,こうした新たな手法を身につけるには時間がかかる。開発の期限が近づくにつれて,一から作り始めたソフトウエアでは立ちゆかなくなることがオチだ。結局は,もとからあるソフトウエアを利用して作った方が早いということになる。つまり,携帯電話機のソフトウエア開発は,アリ地獄のような悪循環にどっぷりと浸かって抜け出せないのである。

 ここにきて,携帯電話機の市場は踊り場を迎えている。2000年後半から始まった世界市場の低迷に続き,日本の携帯電話機市場も長らく続いた好況にかげりが見えつつある。「ケータイ・バブル」がはじけたいまは,日本の携帯電話機メーカーにとって過去のソフトウエア資産という「不良債権」を一掃する好機なのかもしれない。現状に甘んじていつまでも問題を先送りにしていると,その先には空白の10年が待っている。

(今井 拓司=日経エレクトロニクス編集委員)