ブロードバンド・インターネットの一翼であるADSL(非対称ディジタル加入者回線)の利用者が,急増している。ADSL事業者やISPは,最大1.5Mビット/秒や2Mビット/秒といった高速メニューを用意。利用料金は,高くても6000円程度に設定。新規に参入するヤフーの「Yahoo! BB」に至っては,最大8Mビット/秒のADSL回線を月額2830円で利用できる。

 しかしながら,ADSL事業者やISPが声高に唱える「1.5Mビット/秒」,「8Mビット/秒」といった数字は,実際にユーザーが享受するネットワークを正確にあらわしているわけではない。ユーザーの環境や事業者のネットワーク設計によって,いくらでも変化する数字である。最近は,この数字と,安くなっていく一方の価格のみが一人歩きしている感がある。ADSL接続サービスを利用するユーザーが本当に享受するのは何なのか,ということを冷静に見極める必要がある。ADSL事業者やISPが,このような速度や価格だけを押し出していくと,いずれADSL接続サービス自体がユーザーの信用を失ってしまうのでは,という危惧さえ抱く。

 ADSLは,よく知られるように「ベスト・エフォート型」のサービスである。例えば,最大1.5Mビット/秒のサービスを利用するユーザーは,環境が良ければ1.5Mビット/秒の速度でインターネットに接続できる。ADSL回線を利用する場合の良い環境とは,電話局からユーザー宅までの距離が短いことや,敷設してある電話線の品質が良いことなど。ISDNなどからの電波の影響をどれくらい受けるかといったこともこれに当たる。

 しかし,ADSLが最大速度を発揮できる環境にあるユーザーは,実際にはほとんどいない。私も1.5Mビット/秒サービスの利用者の一人だが,電話局までの距離が1.5kmの環境で,実際の通信速度は800kビット/秒程度である。実際に利用しているユーザーの中には,100kビット/秒や200kビット/秒といった速度しかでない,という場合もあるという。同じサービス・メニューを利用し,同じ利用料金を支払いながら,サービス・レベルでは実に10倍近い差が出ていることになる。低い速度での利用を余儀なくされているユーザーにとっては,「ADSLだから仕方がない」といって割り切れる話ではないのではないか。また,そうしたユーザーがいるところに,8Mビット/秒のサービスが始まるといっても,果たして実際の速度は何Mビット/秒なのか,疑問だ。

 今,ADSL事業者やISPに求めたいのは,実際にユーザーに提供できるADSLサービスはどのようなものなのかを明示すること。現実には提供が難しい「最大速度」ではなく,ユーザーに提供できるのはだいたいどの程度の速度なのかという目安である。たとえば,既に同じサービスを利用しているユーザーの多くがどのくらいの通信速度を経験しているのかといった実績や,最低でもこの程度の速度は発揮できる,という保証などである。登場したばかりでユーザーが少ないのならともかく,そろそろ統計的に裏打ちのある数字を提示できるはずだ。上位ISPとの接続に1ユーザーあたりどのくらいの帯域を割り当てているかといったことも明らかにすると,なお良い。

 さらにその上で,サービスが開通した後で実際に利用できる通信速度によって料金を設定するといった工夫があってもいい。実際に,事業者によっては,最大速度を512Kビット/秒や256kビット/秒に設定した廉価メニューを用意しているISPもある。これならば,ユーザーも納得して利用できる。また,アッカ・ネットワークスのように,AT&Tグローバル・サービスやNTTコミュニケーションズと最低帯域保証付きのメニューを提供し始めるといった動きもある。

 ADSLサービスのメニューの多くは,提供する事業者側の論理のみで作られている。これを,ユーザー側の視点からのメニューにしていかなければ,信頼を失う一方である。ほかのサービスに比べて割安感があるとはいえ,同程度の料金で利用できる光ファイバーや無線のインターネット接続サービスも始まっている。もし「ADSLは信用の置けないサービス」と認知されてしまえば,ユーザー増加の勢いにも陰りが見え始めるのではないだろうか。

(福田 崇男=日経インターネット テクノロジー)