先日,当サイトでソフトバンク子会社のBBテクノロジーとヤフーが8月に開始するADSLサービス「Yahoo! BB」(関連記事へ)についてのアンケートを実施したところ,NTTに対して本当に厳しいコメントが目についた(アンケート結果コメント掲載記事)。また,データメディア社長の唐澤豊氏の協力を得て運営しているIPフォーラムでも,NTTに対する厳しいコメントが実に多い。

 実際,NTTはさまざまな内憂外患を抱えている。しかしそれらの問題は,単にNTTだけを責めれば済む問題ではないようにも思われる。いろいろな点で,お上依存の社会的体質が限界に達していることの表われなのである。以下では,NTTの「内憂」と「外患」について一つずつ例を挙げる。われわれすべてに思い当たるフシのある根本的な問題であることが分かると思う。

【外患】Yahoo! BBと米大リーグに共通するものは?

 まず,外患から始めよう。これは,ずばり「Yahoo! BB」である。

 NTTにとって目の上のコブといえば,独自のやり方で光ファイバ・インフラを整備している有線ブロードネットワークスも挙げられるだろう。ただ,有線ブロードネットワークスの場合は,光ファイバを引いて多様なサービスを提供するという目的自体にはNTTと相通じるものがある。

 これに対してYahoo! BBは,最終的には光ファイバを引きたいNTTとは,そもそもの目的が違っている。米シスコ・システムズからのファンドなどもあることから,資金力でも分があるだろうし,光ファイバを実際に一軒一軒敷設していく手間を考えると,既存のメタル回線を利用するYahoo! BBの方が現実的な影響力は大きいのではないだろうか。しかも,メタル回線で最大8Mビット/秒(実効速度とは別物ではあるものの)という売り文句は,光ファイバでなければならないというNTTの主張の説得力を当面のあいだは弱めるかもしれない。光ファイバが来るまで,5年,10年といった期間,じっと待っているわけにもいかないと思う。Yahoo! BBには,光化計画の変更を余儀なくさせる可能性すらあるのではないだろうか。

 Yahoo! BBの最大のポイントは,北米仕様のフルレートのADSL方式を持ってきた点にあると思う。1.5Mビット/秒どまりの簡易型ADSL,しかもISDNの干渉に配慮した国内仕様のAnnex Cといった,国内では半ば常識化し料金まで横並びになりつつあったADSLサービスへの強烈なアンチテーゼだと言えるのではないか。

 一般に国内では,「ISDNでできるだけ引っ張って,ヘビーユーザーには1.5Mビット/秒までのADSLを提供。ADSLは,いずれ光ファイバ化されるまでのつなぎ」という,NTT的なシナリオが常識化していたように思う。ISDNと光ファイバという既定路線と,その路線に最大限に配慮した1.5Mビット/秒どまりの国内仕様のADSL。しかし,市場はその事業者主導のシナリオを本当に許していたのだろうか。

 なぜ北米仕様であることを評価すべきかというと,北米仕様なら世界中のベンダーから機器を調達できるということがまず挙げられる。日本仕様では,割高な機器を限られたベンダーから調達せざるを得ない。

 強引な例かもしれないが,大リーグのオールスターのファン投票と根は同じである。1位になったイチロー選手は337万票以上を集めた。これに対して日本のプロ野球では,70万票を超えたのが巨人の松井選手ただ1人。世界市場を視野に入れ,イチロー選手が移籍した最初のシーズンからさっそく日本のコンビニで投票できるようにした大リーグは,日本のプロ野球の数倍のファン(市場)に支えられているとは言えないだろうか。大リーグに対して,ビジネス(お金)に対する執着の強さを感じるのは,私だけだろうか。

 国内だけを見て「まだ価格競争の時期ではない」などと談合的な料金設定をしているうちに,外資や新興の価格破壊者が意外に早くやってきて席巻されてしまう,という例は他にもたくさんあるだろう。例えば,韓国や台湾が台頭している液晶パネルなどにも,その傾向は感じとれる(関連記事へ)。世界の市場に学ばず,市場の本当のニーズに対応せずに済まそうとするような旧態依然としたアプローチは,もう限界に来ているように思う。NTTだけの問題ではない。競争事業者すら,知らず知らずのうちに同じような路線に乗ってしまいがちなのである。

 もちろんYahoo! BBについては,北米仕様であることのデメリットもあるだろう。ISDNとの干渉に弱い,伝送速度は距離依存性があり8Mビット/秒など出るわけがない,という2点が最も多い指摘だろう。バックボーンのボトルネックや信頼性も未知数だ。これらについては,今後のサービス展開を注視する必要がある。

 とはいえ,電話局から4km程度の範囲ならば,メガ・オーダーの伝送速度が得られる可能性は高いだろうし,前出のアンケート結果でも「下り2Mビット/秒以上なら過半数が納得する」という結果が得られている。

 また,ISDNの加入者数は2001年3月末で969万である。アナログと合わせた電話全体の加入者数は6199万だから,6分の1弱がISDNということになる。ISDNはビジネス用途も多いから,コンシューマ向けのADSLサービスとの干渉が本当に問題になるケースはどのくらいなのかということも冷静に考える必要があるだろう。

 そして料金である。モデムやスプリッタをレンタルし,消費税込みで月額3000円を切る価格設定は,ISDNユーザーを狙ったように思えて仕方がない。ISDNユーザーが回線を増設せずにADSLに乗り換えようとすれば,ISDNをアナログに戻す必要がある。ADSLならインターネットに接続していても電話がかけられる。これは,ISDNのセールス・トークでもある。そして,ISDNユーザーが減れば,それだけ干渉が発生するケースも少なくなる。Yahoo! BBは,光ファイバ化だけでなく,ISDNの今後に対する影響も大であろう。

【内憂】買収後の米Verioはどうなっているか?

 次に,内憂である。NTTドコモや東西地域会社などにも,いろいろな内憂があるだろうが,今回はNTTコミュニケーションズ(NTTコム)を例に考える。NTTグループの中では,東西地域会社ばかりが問題視されているが,実は一見したところ優良企業に見えるNTTコムにも大きな問題がある。

 5月のことで恐縮だが,18日付けの日経金融新聞に「証券アナリストはVerioが懸念材料と指摘」という内容の記事が掲載された。Verioは,2000年夏にNTTコムが約55億ドル(約6000億円)で買収した米国のインターネット・サービス・プロバイダのことである。一部の関係者や業界通のあいだでは,米国の株化低迷やIT景気の減速,Verio自体の先行投資の大きさや営業成績の悪さなどからも懸念がささやかれてはいたが,NTTの決算発表とこの記事で一気に表面化した。

 米国での株価は,7月2日の終値で27ドルであった。これは,2000年8月にNTTコムがVerio株を公開買付した際の半分以下である(発表資料へ)。株式市場の落ち込みなどのリスクを考慮していたのかという点では,疑問が残る買収だったとは言えないだろうか。

 NTTコムの2000年度の経常利益は約816億円(決算発表資料へ)である。約6000億円という買収額の大きさが知れるだろう。NTTコムの従業員は約7000人だから,1人あたり約9000万円の借金ということになる。この金額は,NTTグループ全体の屋台骨であるNTTドコモの1年間の利益を全部食いつぶす規模でもある。NTTコムは,バランスシート上は債務超過ではない。しかし,グループ全体に影響するほどの大きな金額なのである。そして,そのうちの半分が株式市場に消えてしまったのだ。

 私は,この買収がどのような意志決定のプロセスを踏んだのかについては取材していない。元から筆頭株主(10%)だったVerioの支配力を強化したのかもしれないし,インターネット分野での国際進出を焦ったようにも見えなくもない。いずれにしろ,老舗の大手プロバイダさえ経営危機に陥る米国での企業買収にしては,リスクに無頓着だった印象は否めないと思う。米国の株式市場が不調になったことで,約3000億円をドブに捨てたことになるからだ。

 これは,株主から見れば,買収のやり方のまずさが原因で株価が上がらない,ということにもなる。これも,NTTに限ったことではないのだが,株主の厳しい眼にさらされないままにここまできたことが,国際的なビジネスの現場では通用しない体制につながっているとは言えないだろうか。

 もっとも,問題なのはお金だけではない。NTTコムの事業分野が,今後の収益性が厳しくなる一方の分野であるということも忘れるべきでない。相変わらず屋台骨である長距離電話サービスは,今後は料金が下がることはあっても上がることは考えられない。安いIP電話もどんどん広がって,電話のトラフィックを奪うだろう。インターネット・サービスは,競争が厳しく料金は下がる一方だ。半面,ブロードバンド対応のためのバックボーン強化は避けられない。料金は下がっても,サービス品質は上げなければならないのだ。

 通信事業者は,今後を考えるとインターネットに賭けるしかないのだろうが,同社の発表によればその分野は赤字である(役務別損益明細の発表資料へ)。電話や専用線の収益があるからなんとかなっているわけである。もちろん,先行投資は必要ではあろうが,インターネット専業のプロバイダだったら本当に厳しいことになるはずだ。

NTTの問題は,日本の問題そのもの

 竹中平蔵経済財政・情報技術(IT)担当相が日経産業新聞のインタビューでこんなことを語っていた。「普通の経済問題なら,皆で真面目に勉強して議論すれば目指すべき方向は一致してくる。しかし,NTT問題だけは違う。議論が収れんしない」---。

 また,Yahoo! BBの記事に対する読者からのコメントには,「日本では,10人に1人がNTT関係の仕事で食っていることを忘れてはいけない」という内容のものもあった。

 今回は,例として2つの問題を挙げたが,NTTの問題の多くは,実は日本の問題そのものなのである。日本国内を基準にしたビジネス・モデルがある程度できあがっているうえに,その枠組みの中で既得権や無数のしがらみがある。しかも,意志決定の結果に対する責任の所在があいまいだ。世界を基準にビジネスを展開しようにも,その経験はまだ一部の産業にしかない---。こういった点で,NTTの問題には象徴的なものを感じる。

 そろそろ,NTTとそれにぶら下がっている無数の人々に配慮するような考え方を捨てる時期に来ていると思う。そしてここで言う「NTT」は,いろいろなものに置き換えることができるのである。実際,日産自動車など,そういった改革が進んでいる企業もある。誰もが皆,メシの種を真剣に自分で考えるべきなのだ。NTTでメシを食ってる人がたくさんいるから,NTTをどうすることもできない---,これでは本末転倒であろう。

(田邊 俊雅=IT Pro副編集長)