この6月,ADSL(Asynmetric Digital Subscriber Line)でブロードバンド・サービスを提供する東京めたりっく通信を傘下に収めるなど,ソフトバンクの日本国内での投資行動が目立っている。その陰で,「時価総額極大化経営」というコンセプトを生んだ米国への投資が,すっかり鳴りを潜めた。

 頼みの綱の米Yahoo!が株価を大幅に下げ,ソフトバンクの米国投資による含み益は過去10カ月間で8割,実に約1兆3000億円も激減した。米国が沈んだおかげで,相対的に日本投資が浮上し,含み益ではついに「日米逆転」というところまできた。

 これは象徴的な例だが,日本企業にとって米国はIT(情報技術)分野での最大のライバルであり,お手本でもある。その米国企業が,日本企業に比べて相対的に弱っていることは確か。しかし,日本企業がそこを突き,「ITやブロードバンド分野で一気に巻き返し」という戦略を描き,実行するところまではいかないようである。

Yahoo!の株価下落が直撃,どこへ行くソフトバンク

 昨年8月末時点で,ソフトバンク・グループの国内外持ち株会社が直接保有する米国上場企業株の含み益は約1兆6750億円あった(本記事中では,為替レートを仮に1ドル124.6円で統一する)。それが2001年6月末には3320億円となり,10カ月のあいだに8割も減少し,金額では実に1兆3000億円分の含み益が吹き飛んだ。

 ソフトバンクにとって超優良資産だったYahoo!の業績がインターネット広告の不調のために悪化,株価が低迷したことが原因だ。Yahoo!株の含み益は1兆5250億円から2430億円に84%も減少し,同社の米国投資ポートフォリオを直撃した。この間,ポートフォリオのほとんどの銘柄は売ることも買い増すこともしていない。「嵐が通り過ぎるのをじっと待つ」と言えば聞こえがよいが,ハイテク/インターネット関連銘柄の株価急落になす術(すべ)もなく,時価総額と含み益が日々削り取られていくのをただ黙って見ているしかないというのが実状。まさに“金縛り”状態に陥ったといえる。

 米国での投資効率が急低下したために,相対的に日本国内での投資ポートフォリオの比重が高まった。ソフトバンクは日本国内で,ヤフー,ソフトバンク・テクノロジー,インターネット総合研究所などの株式上場企業11社に投資しているが,全社が含み益を維持している。

 6月末時点で,時価総額は米国ポートフォリオが6040億円,国内ポートフォリオが5790億円と米国がわずかに勝ったものの,含み益では米国3320億円,日本5580億円と日米が逆転した。米国では投資総額2720億円で含み益3320億円に対して,日本では210億円で含み益5580億円だ。投資効率も日本の方が格段に高い。

 ソフトバンクの孫正義氏の言う「タイムマシン経営」とは,ソフトバンクが投資する米国の200社近い企業群(株式未公開企業を含む)から成長性・将来性・収益性のあるビジネスモデルをピックアップし,それをいち早く日本に持ち込めば,日本において最大限の先行者メリットを享受できるという経営モデルだった。しかし,そのモデルはこのところ機能不全に陥っている。

 では,現在あるいは近い将来,タイムマシンの時間軸が「米国-->日本」から「米国<--日本」へと逆転し,日本でのビジネスモデルが米国に次々に移植されていくようなことが起こるのだろうか。

 率直なところ,筆者はかなり厳しいと考えている。経済状況とか,言語の壁とか,人材不足とか,国民のITリテラシーの問題とか,理由はいろいろと付けられるだろうが,本当のところは「敵を知らない」ということが一番大きいのではないか。そう感じさせる出来事が最近立て続けにあった。

Amazon.comの記者発表で痛切に感じた意識の低さ

 ときは6月中旬,東京・原宿でのことだ。インターネット書籍販売大手のAmazon.comのJeff Bezos会長兼CEO(最高経営責任者)が来日,日本語サイトの取り扱い商品に音楽CD,DVDソフト,ビデオを加え,これまでの書籍一本のラインアップを拡充すると発表した。

 筆者もその会見に参加したのだが,日経E-BIZ(http://e-biz.nikkeibp.co.jp/)では,米シアトルでの第1四半期の業績発表,直前に開かれた株式総会など一連の動きを追っていたので,日本での会見では日本のメディアがどのような視点でAmazon.comのBezos氏に切り込んでいくのかをじっくり観察することに主眼を置いた。

 集まった記者は,ざっと100人ぐらい。かなりの人数である。Amazon.comの挙動に対するメディアの関心が高いことは間違いない。ただし,切れ味の鋭い質問を投げかけていたのは,人数にして全体の1割から2割ぐらいの欧米やアジアの記者だった。

 ここで個々の質問を具体的に紹介しないが,質問ぶりから判断したところでは,外国人記者の多くは米国のAmazon.comの業績や動きを把握したうえで,それを基準に日本での事業展開についての質問をぶつけていた。それに対して日本の記者の多くは,たぶん米国でのAmazon.comの動向をほとんど知らないか,関心がないという風だった。Amazon.com以外のドットコム企業にでも聞けるような,ありきたりの質問を連発していた。

 日本のメディアが,日本での事業展開の話を聞くのは当たり前なのだが,なんとも“もったいない”感じがしてならなかった。インターネット・バブルが弾けてドットコム企業への関心が以前よりも薄れているのは確かだが,Amazon.comはそうした荒波をくぐり抜け,なんとか生き残っている企業である。いまだに四半期ベースで巨額の赤字を垂れ流し,株価を低落させながらも,経営者(つまりBezos氏)は高笑いしながら「業績は向上している」と言ってのける,実に“不思議”な企業でもある。

 普通なら,いつつぶれてもおかしくないような企業が,取扱商品を増やし,世界展開を進め,拡大路線の手を緩めていないのだ。これを可能にするカラクリはどうなっているのか,その原動力はなにか,それはドットコム・ブームの次に来る新しい企業像の一端を見せてくれるのではないか・・・。しかし,過日の会見ではそうした視点が,日本のメディアから感じられなかった。

これで良いのか,大企業の経営企画

 もう一つ。先日,筆者がある団体の会合で講演したときのことである。ブロードバンド時代の電子商取引ビジネスの可能性を検討するという趣旨のその部会には,東証一部上場クラスの企業の経営企画室や新規事業開発部門の責任者か,それに準ずるキーパーソンが50人ほど集まっていた。

 米国におけるIT企業の最新動向を,直近の業績や株価の推移,合併・提携,リストラ,トップ交代,ビジネスモデルの修正などを含めて解説した。講演後に参加者の口から漏れ出てきた感想は,「衝撃的だ。これでは電子商取引に今あえて取り組まない方がよいのではないかとすら感じた」といったものだ。

 これには筆者の方が衝撃を受けた。講演した内容は,日経E-BIZでごく当たり前に報道していることで,この4月から5月にかけて米国企業が発表した第1四半期(1-3月)の業績や株価の推移,その間の動きである。日本に情報が伝わるまでの時間は十分にあった。日本のトップ企業のeBusiness開発担当者の方々が,そのお手本/ライバルである米国企業の現状を意外なほどつかんでいないということに驚いたのだ。

 これでは,先行者がどのような問題に直面し,いかに活路を見出そうとしているかということを知らないまま,日本のeBusinessの青写真が描かれているということになる。

 グローバルな企業間競争の勝敗というのはいろいろな定義の仕方がある。日本企業にとっては,かつての重厚長大産業がそうであったように,「サービスや製品を輸出して儲ける」ということが基本だろう。しかし現時点では,ITとかブロードバンドという領域で,日本企業はなかなか米国市場に食い込めないでいる。

 政府のIT戦略会議では,インターネット・インフラの整備や規制緩和といった,国内での環境整備に重点が置かれているようだ。国民のすべてがブロードバンドを安く利用できる環境を作れば,そこから新しいビジネスが生まれ,国際競争力も高まるという筋書きである。サービスや財の“輸出”という点に関しては,将来の可能性に賭けているようなところがある。

 筆者は,老若男女を問わず日本国民を「IT漬け」「ブロードバンド漬け」にすることによって,よく分からないが何か新しい市場が創出されてくるのではないかという期待に基づく発想と方法論には,やや無理があると思っている。

 IT先進国と呼ばれる米国にだって,パソコンを持っていない人,インターネットなど使ったことがない人,将来もたぶん使わないだろう人がゴロゴロいる。ほんの一部の階層が富の大部分を占有するという「富の偏在」が常識(良いか悪いかは別にして)である米国では,そうした富裕層が富を拡大するためのグローバルなツールとしてITが活用されてきたといった方が現実に近い。

 そのなかで,優秀な技術者や経営者,ベンチャー企業が重用されてきたのだ。まずインフラを整備して,その後にビジネスを創出していくという手順ではなかった。ITによって国民の生活向上を図るという社会戦略と,IT企業の競争力を高めるという産業・企業戦略は,この際,キッパリと分けて考えた方がいい。

(水野 博泰=日経E-BIZ副編集長)

■米国では,そろそろ第2四半期の業績発表がピークを迎える。米国企業の等身大の実像を知りたいという方は日経E-BIZ(この‘E’はEmerging:勃興する,急成長のという意)を読んでいただくのが手っ取り早い。弊誌では,シリコンバレーを聖地化して見たり,米国IT企業の実力を過大に評価しないで,“等身大”の米国企業の姿をお伝えすることをモットーとしている。IT分野を中心とした米国最先端企業120社の業績,株価,動向をまとめた別冊『米国最先端企業ポートフォリオ120-2001年版-』(http://e-biz.nikkeibp.co.jp/e-biz/portfolio/portfolio.html)の第1四半期号を発売中。第2四半期号はこの9月に発行の予定なので,こちらも合わせてお読みいただきたい。

 ご自分で米国企業の業績をウォッチしたいという方のために一つだけアドバイス。米国企業,特にIT系の新興企業は,「pro forma」と呼ばれる手法で業績を発表することが多いので注意して頂きたい。これは,企業の買収費用やのれん代などを費用から除外して算出する「条件付き業績値」なので,条件によっては最終損益が赤字なのにpro formaでは黒字になったり,赤字幅が実際よりも少なく見えたりする。米証券取引委員会(SEC)も問題視し始めたが,賛否両論があり,米国企業の決算報告書から当分のあいだはなくなりそうもない。