2001年6月29日午前2時,紆余曲折のあった「Lモード」がサービスインする。家庭に置いた固定電話に液晶画面を取り付け,iモードに似た利用環境を提供しようとするものだ。表示できるのは全角で8文字×6行か,それ以上。端末の設計次第ではもっと大画面で見せることも可能だ。

 記者向けの「Lモード」サービス説明会でNTT東日本 古賀哲夫営業部長は,「Lモード開発には足掛け2年かかった」と感慨深げに切り出した。もともとのコンセプトは「パソコンに不慣れな人に向けてのサービス」が目標。しかし,プロジェクトを進めるなかで,既にパソコンや携帯電話でインターネット・アクセスをしている人からも「これはいける」と好意的な意見をもらい意を強くしていると胸を張った。

時代にそぐわなくはありません?

 しかし,実際に端末を操作してみて,相変わらずの使いにくさ,ダイレクトに情報にアクセスできないもどかしさに落胆せざるを得なかった。

 確かに矢印キーと数字キーだけで操作できるのは分かりやすいかもしれないが,ちょっと項目が多くなったり,何階層かにわたって辿っていくなどの場合は,とても時間がかかる。画面の切り替わりに時間がかかるばかりではなく,矢印キーでズーッと下までスクロールさせるのがなかなか面倒だ。通信速度も9.6~33.6kbps程度だからパパッと見ていくというわけにはいかない。

 できるだけ簡便に,分かりやすくしたい,さらに端末も極力低価格にという至上命令がある以上,この程度がせいぜいだったのかもしれない。しかし,IT機器を知らない人ほど,高度なものを求めるものだ。精細な画像を表示させ,タッチパネルでさっと目的のものを引き出せるようにすることくらいチャレンジしなければ,一般の人は飛びつかないだろう。携帯電話でできていることを,固定電話に置き換えただけなんてものが,このリッチ・コンテンツの時代に一般に受け入れられるのだろうか?

 家庭に設置してある端末だから,奥様方は食材やレシピをチェックしようと思うだろう。しかし,出てくるのはごく簡単なテキストとシルエットのような画像だ。やはり,この種の情報を見せるのならカラー,しかも細部がはっきり見える写真が最低限必要だろう。さらに技術を知らない人は,「なぜここで動画像を表示してくれないのだろう」といぶかるに違いない。ケータイでできることを,さまざまな部分で超えていかないかぎり,今ある電話機を買い替えてまで利用したいとは思わない。

 技術に明るい人は,小さな画面内に小さな動画が出てくるだけで「オオ」と感動する。しかもそれが残像なく滑らかな動きをしてくれたら拍手喝采だが,一般の人にとってはそれが当たり前の世界なのだ。ADSLで封切り前の映画の予告編が見られると,私たちパソコンを使いこなしている人間はついつい喜んでしまう。でもお年寄りに見せると,「なんね,これは」としか反応してくれない。小さな画面でチラチラ,字幕もはっきり読めないものがテレビの替わりにはならないのだ。

1回線を占有する仕組みを今後展開していくのか?

 さらに心配なのは,Lモードは電話回線1本を占有してしまうことだ。Lモード使用中はその電話機能が使えない。情報は決まって忙しいときに必要になるものだ。そんなときに電話機能が使えないのは,電話会社が提供するサービスとしていかがなものだろう。

 今後,サービスを全国展開していくには,全国の電話局の加入者線ごとにモデムを設置していかなければならない。電話線を占有してしまう,時代遅れのアナログ・モデムを今後5年くらいのあいだに1200万台も設置していくことになる。こんな膨大な投資を将来回収していけるだろうか?

 やはり,このようなサービスを行うには銅線をイーサネットの延長に使えるアダプタのようなものを開発し,回線を占有してしまわない取り組みが先になければ,あっという間に時代に取り残されてしまう。

 パソコンが立ち上がらなくて困っているユーザー向けに情報提供するなどといった用途にLモードは適している。メーカー各社のサイトや弊社のようにパソコンのノウハウ情報を大量に発信しているサイトに行けば,微に入り細にうがち,情報が掲載されている。こうした情報を動画とともに家庭に配信でき,誰にも簡単に使える仕組みがあれば,すぐにでもコンテンツ提供してみたいと思う。

「ダイナブック」の夢を実現してほしい

 米ゼロックスのパロアルト研究所のアラン・ケイ氏が,軽くて,まるでノートのように自由に情報を読み書きできる装置「ダイナブック」の構想を打ち出したのは1971年のことだった。翌年,この構想に基づいた試作機「アルト」が登場した。この影響を強く受けて作られたパソコンがマッキントッシュだ。

 米アップルコンピュータが84年に出したマッキントッシュを評してアラン・ケイ氏は「批評に値する初めてのパソコン」と表現した。

 あれから30年,ようやく本当に「ダイナブック」の概念が現実のものにできる要素技術が揃ってきた。そんな夢をLモードに求めるのは,筋違いもいいところだが,家庭の情報端末とはそんな感じのものではないのだろうか?

 それとも,それを実現してくれるものはビル・ゲイツ氏が提唱する“タブレットPC”になるのだろうか・・・。

(林 伸夫=パソコン局主席編集委員)