Linuxに代表されるオープン・ソース・ソフトウエアに,変化の兆しが見える。とくに企業システムの構築にかかわる方々への影響は大きそうだ。ECサイト構築ツールや,受発注システム,医療診療報酬明細処理システムなど,いわゆる「業務アプリケーション」というカテゴリに属するソフトウエアが,相次いでオープン・ソース・ソフトウエアとして公開されているのである。実際に使用されている例も増えている。もちろん日本での話だ。

 オープン・ソース・ソフトウエアは,その名の通りソース・コードが公開されているため,必要に応じて手を加えることができるのが利点の一つと言われている。だがこれまでオープン・ソースといえば,OSやWWWサーバー,RDBMSなどのシステム・ソフトがほとんどだった。これらのソースに改変を加える技術力を持ち,オープン・ソースのメリットを直接享受できる企業はさほど多くない。技術力のあるベンダーにしても,システム・ソフトウエアのサポートや,個別のシステム構築請け負いは大きな市場になっておらず,大きな収益を上げているところは少ない。

 このような状況が変わってくるかもしれない。

高機能なオープン・ソースの業務アプリケーション

 インターネット古書店「古書さりい」は2001年2月,オープン・ソースのECサイト構築ツール「The Exchange Project」を使ってWWWサイトをリニューアルした。システム構築やサーバー,ソフトウエアの開発,販売を行っているチップスコネクションも2001年4月からThe Exchange Projectをサーバーなどのインターネット通信販売サイトに使用している。

 両サイトがThe Exchange Projectを選択した理由は,無償で使用できるからだけではない。「非常に高機能」(古書さりい 店主 小原猛氏)であることや,「導入が容易」(チップスコネクション システム機器グループ 岩崎玄氏)であることも決め手となった。このソフトは,ショッピング・バスケットや会員登録,商品検索といった基本的な機能に加え,受注確認メールを自動送付する,顧客が商品に対する評価を投稿する,売り上げ上位の商品を自動的にトップ・ページに表示する---といった,きめ細かな機能を備えている。管理者向けにも,商品情報の登録・変更を含めてほとんどの操作はWWWブラウザから行えるなど,機能は豊富だ。

 同ソフトを動かすのに必要なソフトウエアは,Webアプリケーション・サーバーPHPと,RDBMSのMySQLまたはPostgreSQLと,いずれもオープン・ソースである。元々は英語版だが,インテグレータのビットスコープが日本語化を行い,佐川急便の運送料金を計算するモジュールなども公開している。

 日本で開発されたオープン・ソースの業務アプリケーションもある。インテグレータのトップマネジメントサービスとテンアートニが開設している「BOSS2000」は,同社らが開発したオープン・ソースの業務アプリケーションを配布しているサイトである。現在はPHPとPostgreSQL上で開発したECサイト構築システム「Shop Manager」,グループウエア「Sky Board」,JavaとOracleをプラットフォームとする受発注システム「CERVEZA(セルベッサ)」である。Shop Managerは徳山物産のECサイトやシステムポート筑波のパソコン関連商品販売サイト,鳥せんの食品販売サイトなどで使用されている。CERVEZAもすでに5社の導入実績を持つ。

 日本医師会は,同会が開発している診療報酬明細処理システム「ORCA(仮称,Online Receipt Computer Advantage)」をオープン・ソース・ソフトウエアとして公開する予定だ。ORCAは,現在多くの医療機関で使われているレセプト・コンピュータと呼ばれる専用マシンを,低コストで使いやすいものに置き換えることを狙ったもの。2001年夏に試験運用を始め,2002年3月の本格運用を目指している。現在は,サーバー,クライアントともLinuxで,2002年にはクライアントにWindows版とMacintosh版も用意する。

ソース改良の敷居が低く,有償サポートも得やすい

 このように,有用なオープン・ソースの業務アプリケーションが増えてきたことでオープン・ソース・ソフトウエアの状況が変わる可能性が出てきた。

 まずユーザーにとって,ソース・コードを改良するというオープン・ソースの利点を享受するためのハードルが極めて低い。OSのソース・コードを読み,開発したり保守したりできる技術者はそう多くないが,業務アプリケーションならば,対応できる技術者の数は一気に増えるだろう。例えば古書さりいは,負荷のかかる機能を無効にするなどの変更を行った。チップスコネクションも,自社の販売形態に合わせ,細かな送料課金機能や銀行振込による支払い機能を追加している。

 ベンダー側の状況も変わってくると予想される。敷居が低くなったとはいえ,ソース・コードを改良できないユーザー企業の方が多い。ただ,そのような企業にとって,オープン・ソースのシステム・ソフトウエアをベースに一からシステム構築を依頼するよりも,業務アプリケーションをベースにした方が,コスト面でのメリットはより大きい。もちろん,商用パッケージのカスタマイズに比べても導入コストが低くなる可能性は高い。

 サポート面でのビジネスも期待できる。システム・ソフトウエアは誰もが使うとはいえ,直接操作するのは知識の豊富な技術者であることが多い。一方の業務アプリケーションは,技術者ではないユーザーが多いからだ。しかもお金を扱う用途になるので,有償サポートというビジネスが成立する可能性が大きい。前述したトップマネジメントサービスがソフトウエアを公開した狙いは,まさにそこにある。

品質向上を狙い,社内システムを公開した例も

 オープン・ソースの業務アプリケーションは今後さらに増えそうだ。ベンダーだけでなくユーザー企業やユーザー団体も,その供給者となり始めているからだ。実は前述したCERVEZAは,外食大手のニユートーキヨーが社内システム(構築はテンアートニ)をオープン・ソース化したものだ。採用した5社には,大手食品卸の三友小網,「アウトバックス ステーキハウス」や「カプリチョーザ」などを運営するダブリュー・ディー・アイ(WDI)などがある。

 ニユートーキヨー 情報システム室 室長の湯澤一比古氏は,ソフトウエアを公開することになれば,インテグレータがシステムの品質を高めようとするだろうと考えたのだ。その目論見は当たり,満足のいくシステムができたという。その後の展開もある。CERVESSAを採用した三友小網は導入に当たり,使い勝手を高めるなどの大幅な改良を施したのである。ニユートーキヨーは,次回のシステム更新でその改良を取り入れる計画だ。

 日本医師会がORCAをオープン・ソース化したのも,ソフトウエアの品質向上と,それによる普及促進が狙いだ。ORCAは日本医師会が開発するが,採用するか否かは各医療機関の判断に委ねられている。オープン・ソースとすることによって,「例えばタッチ・パネルで操作できるようにするなど,インテグレータやメーカーに自由に改良してもらう」(日医総研 主任研究員 上野智明氏)ことで普及率が上がることを狙っている。

 ORCAはLinuxやThe Exchange Serverと同等のライセンス形態をとる予定のため,改良部分はソース・コードが公開され,全ユーザーがその改良を使えるようになる。

 ニユートーキヨーの湯澤氏は,社内システムのオープン・ソース化の利点として,「個人の財産になる」ことも挙げている。つまり,「CERVEZAはすでに誰でも使用できるソフトウエアなので,他の会社にCERVEZAを導入することを仕事にできる。他社のCERVEZAの導入に携わった担当者も同じように,CERVEZAの導入経験を,社外にも通用するスキルとして売り込める」というわけだ。

 誤解のないように付け加えておくが,CERVEZAは湯澤氏が自身の転職を想定してオープン・ソース化したものではない。あくまで「品質の向上」などのニユートーキヨーとしてのメリットを経営者が判断した結果である。副次的に開発者個人のメリットもあるというわけだ。

 ユーザーとベンダーの双方に利点が生まれる可能性のある,業務アプリケーションにおけるオープン・ソース化---。一度検討する価値はあると思う。

(高橋 信頼=日経オープンシステム 副編集長兼編集委員)

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