通信事業者の基幹網を含め,ネットワークの形態が様変わりしそうだ。といっても,「全ネットワークはインターネットに置き換わる」と言うつもりはない。結論はこうだ。

 「すべてはイーサネット(Ethernet)になる」----。

「イーサネット」が注目される三つの理由

 千葉市の幕張メッセで6月6日に幕を開けた「NetWorld+Interop 2001 Tokyo」の会場には,様々なメーカーや通信事業者がブースを構え,最新のネットワーク・トレンドや新製品の説明を繰り広げている。最先端の技術やトレンドが紹介される会場で,よく聞かれたキーワードが「イーサネット」だ。

 イーサネットについて,いまさら解説する必要もないだろう。どんな企業でもLANとして当たり前に使っているはず。米ゼロックスがイーサネット技術を開発したのが1973年。すでに四半世紀の歴史をもつ「古典的な技術」である。その後,米国電子電気技術者協会(IEEE)の802.3ワーキング・グループが,イーサネットをベースとした10BASE5や10BASE2といったLAN規格を標準化。以降,IEEE802.3で標準化された規格も含めて,広く「イーサネット」と呼ぶようになった。

 現在,イーサネットが“新技術”として脚光を浴びているのには,三つの理由がある。それは,(1)長距離化/広域化,(2)高速化,(3)低コスト化---だ。

 (1)の長距離化は,10BASE-T/100BASE-TXのより対線を流れる電気信号を光信号に変換する「メディア・コンバータ」と呼ぶ装置で実現する。イーサネットのデータ・フレームをそのまま20~40km伝送できる。ファイバ1芯で送受信可能なメディア・コンバータをNECなど数社が発表済み。光ファイバを各家庭まで引き込んでメディア・コンバータを接続すれば,すぐにでもFTTH(fiber to the home)サービスを提供できるわけだ。ギガビット・イーサネットに関しても,各通信機器メーカーが長距離伝送に対応した技術を開発し,製品に実装している。

 広域化という面では,通信事業者各社が企業ユーザー向けに「広域イーサネット・サービス」と呼ばれる通信サービスを発表している。複数の拠点のLANをまとめて一つのLANとして運用可能にするサービスだ。企業の各拠点のLANをメディア・コンバータ経由で通信事業者の局に置くLANスイッチに収容し,バーチャルLAN機能で各ユーザー・グループを切り離して実現する。(若干仕組みは異なるが,)新興通信事業者のクロスウェイブ・コミュニケーションズが99年10月にサービスを開始して以来,NTT東西地域会社や東京通信ネットワーク(TTNet)などがサービスを提供している。

 (2)の高速化は,10Gビット/秒のイーサネット仕様を指す。10Mビット/秒から10倍の100Mビット/秒へ,さらにその10倍の1Gビット/秒へと,イーサネットは高速化してきた。その最新仕様が「10ギガビット・イーサネット」である。こうした単純な高速化が可能なのは,フレーム単位でデータを伝送する統計多重的な通信方式だから。通信事業者の基幹網で使われているSONET/SDHは,電話回線(=64kビット/秒)を基準に,回線を束ねることで高速化してきた。そのために複雑な時分割多重の仕組みが必要となる。また,10Gビット/秒のイーサネット仕様にはWANでの利用を前提とした規格も決められる。

 SONET/SDHが持つ障害対処機能も,イーサネットの機能拡張でカバーできそう。例えば米エクストリーム・ネットワークスは,イーサネット・スイッチをリング状につないだネットワークでのプロテクション機能「EAPS」(Ethernet automatic protection switching)を開発。データに特化した基幹網であれば,SONET/SDHの代わりにイーサネットを採用することも可能になる。

 (1)も(2)も突き詰めれば,(3)の低コスト化につながる。イーサネットは,一般企業を対象としたLAN市場で培われてきた技術。量産効果を見るならば,通信事業者向けの通信機器の比ではない。既存の高速ディジタル専用線サービスなどで使う「ONU」(optical network unit)と比べ,イーサネット技術を使うメディア・コンバータのほうが安くなりそう。

 実際に,有線ブロードネットワークスやNTT東西地域会社,東京電力など,FTTHサービスを計画している事業者のほとんどがメディア・コンバータを採用する見込みだ。同様に,10Gビット/秒(OC-192)のポートを備えるSONET/SDHのノード装置より,10ギガビット・イーサネットのインタフェースを持つLANスイッチのほうが安くなるだろう。

 さらに,UNI(ユーザー網インタフェース)がイーサネットになる点もコスト低減につながる。高速ルーターでT1(1.5Mビット/秒)やOC-3(155Mビット/秒)などのインタフェース・モジュールは,ギガビット・イーサネットのモジュールよりもかなり割高。企業ユーザーが,WANと接続する部分にT1やOC-3を使わずに済めば,その分機器コストを削減できる。

 LANはもちろん,今後はアクセス回線と通信事業者の基幹ネットワークにもイーサネットが浸透していく。結果として,ネットワークはすべてイーサネットになる---というわけだ。

「Everything over IP」がイーサネット化を加速

 インターネットの爆発的な普及で,IPが標準的なネットワーク層プロトコルの地位を確実にした点も,イーサネットの浸透に大きな役割を果たす。

 例えば「電話」。従来は,電話を基準にSONET/SDHというネットワーク体系が作り上げられた。しかし現在,音声をIP化して伝送する「VoIP」(voice over IP)技術が成熟しつつある。実サービスとしても,既にフュージョン・コミュニケーションズが全国規模のIP電話サービスを提供している。こういった環境になれば,SONET/SDHに縛られる理由はない。基幹網をイーサネットに置き換えることも可能になる。

 大量のデータを格納するストレージ・システムの世界でも,同様の現象が起こりつつある。ストレージのトレンドである「SAN」(storage area network)を構築するのに,これまではファイバ・チャネル(Fibre Channel)などのストレージに特化したインタフェースを使うケースが多かった。

 それに対して現在,SCSI(small computer system interface)コマンドをIP網上で伝送する「iSCSI」(internet SCSI)の標準化が進んでいる。狙いはもちろん,ファイバ・チャネルなどの特殊なインタフェースではなく,より安いイーサネットを利用することだ。イーサネットでSANを構築できれば,LANとSANを一元的に運用管理できる。速度に関しても,10Gビット/秒の仕様が既に見えているイーサネットを採用するほうがメリットがある。

 すべての通信アプリケーションがIP上で提供可能になれば,TCP/IP通信が得意なイーサネットの活躍の場も広がる。もちろんイーサネットには,根本的に解決できない問題(ブロードキャストの扱い)や,まだまだ未熟な点が多い。「まともなQoS(サービス品質)機能もないイーサネットは広域網では使えない」という意見もあるだろう。そういった意見には,以前あるセミナーで聞いた講師の言葉をお借りしてお答えしたい。

 「『色の白いは七難隠す』といいますが,ネットワークの世界ではスピードが速いと“七難”を隠すんですよ」---。

(藤川 雅朗=日経コミュニケーション副編集長)

■「日経コミュニケーション」6月4日号では,米国におけるイーサネットの最新事情をスペシャル・リポートとして掲載しています。関心のある方はぜひお読み下さい。