この5月,半導体関係の取材でシンガポールを訪れた。興味深かったのは,日本よりも進んでいる交通システムのIT化である。

 第1は,すっかり定着している市内のETC(electronic toll collection system:自動料金収受システム)。第2は,タクシーに備え付けられた衛星利用の配車システム。そして本来の意味のIT化とは少々違うが,完全にLED(発光ダイオード)化され,ほぼ完全にメンテナンス・フリーになった道路の信号機である。

 2年前にこの都市国家を訪れたとき,ETCは完成したばかりだった。検問所のようなゲートこそなかったが,路面から4~5mの位置に道路標識のような送受信機バーが設置されていた。このバーに取り付けられた数台の送受信機によって,クルマからの情報をキャッチする。さらに送受信機バーの5~6m後方にはTVカメラ用のバーがあり,送受信機を取り付けていない車両をキャッチできるようになっていた。

 今回もキョロキョロ見回したのだが,監視カメラはすでに撤去されたようだった。ほぼETCシステムが行き渡り,監視の必要がなくなったのかもしれない。実際,筆者の乗ったクルマ(タクシーが十数台と普通乗用車2台)にはすべて,プリペイド方式のETC(現地ではERPと呼ぶ)送受信機が設置されていた。

シームレスな交通システム

 シンガポールの道路で通行料金をとる目的は,交通渋滞や環境を考慮し市内に入るクルマの台数を制限することにある。このため,時間帯によって料金が実に細かく設定されている。朝の9時から10時までは1ドル,10時から11時までは0.8ドル,という具合だ。時間帯によっては無料のときもあるし,市内から郊外に向かう高速道路は無料である。

 シンガポールのETCシステムは,片側4車線道路全面に道路標識のようにかぶさって設置されている。したがって注意しなければ,ETCが導入されていることに気づかない。空港から市内まで,どこからどこが高速道路で,どこから市内に入ったのかさえ分からないのだ。それでいて,市内に入るときにはきちんと課金されている。

 2番目に挙げた衛星を利用したタクシーの配車システムの仕組みはこうだ。

 まずタクシーを探している乗客は,この配車システムに加入しているタクシー会社に電話をかけ,名前と行き先,現在地を伝える。タクシー会社は最寄りの空車を探し,乗客に対して乗るべきタクシーのナンバーをすぐに教える。乗客からの情報は配車センターに送られ,さらに衛星を通じて,配車システムの組織に加盟しているタクシーに送信される。タクシーでは,運転席の横に置かれた液晶ディスプレイにその情報が表示される。

 このシステムに加入していないタクシーにも乗ったが,どちらかといえば少数派だった。衛星システムを備えたタクシーの方が圧倒的に多い。加入していないタクシーは昔ながら無線での本社とやり取りしている。やはり乗客を獲得するチャンスは,衛星配車システムのほうが多くなる。

 特に,企業を訪問した後にタクシーの手配を依頼すると,ほぼ100%のタクシーがこのシステムで迎えに来てくれる。所要時間は10分以内と短い。タクシーでは,筆者の名前と行き先が液晶ディスプレイに映し出されていた。

信号機にはLEDを全面採用

 信号機には,街の中心街だけではなく郊外の住宅街や工業団地にいたるまでLEDが広く使われている。赤,青,黄の丸いランプだけではなく,人の姿を描いた歩行者用の信号でも,使っているのは赤と青のLEDだ。日本の信号機には試験的にしか導入されていないLEDだが,シンガポールの採用への動きは実に早かった。2000年はじめに一部の地域で試験的に使い,問題ないことが分かるとすぐ採用を決めたという。全面的な採用から,早くも1年が経つ。

 LEDの利点は,先にも述べたようにメンテナンス・フリーというところ。切れやすいヒーターを使わないので,電球よりも寿命がはるかに長い。消費電力が電球よりも一桁小さいことや,視認性の良さも大きな特徴である。読者の方も経験があるだろうが,ランプを使った信号機の場合,朝夕に太陽が斜めから差してくる時間帯は実に見づらい。これは,ランプにかぶせた赤や黄,青のガラスに太陽光が反射するための現象である。LEDは,半導体そのものが赤や黄,青の光を放つため,色ガラスは要らない。視認性がぐっと良くなり,安全性の確保にもつながる。

 LEDの欠点といえばコストである。電球ランプよりも数倍高い。しかし,電球ランプを取り替えるメンテナンス費用(人件費)を含めて考えると,その差はぐっと縮まる。

 道路交通のIT化は,シンガポールを見る限り一般ユーザーに多くのメリットをもたらしている。それにつけても,良いものはすぐに取り入れて効率化を図るシンガポールの軽いフットワークには感心させられる。

(津田 建二=日経エレクトロニクスアジア誌チーフ・テクニカル・エディター)