「音楽・映像取引にルール」---5月29日付け日本経済新聞夕刊の1面トップにこんな見出しが躍った。

 政府のIT戦略の計画に,コンテンツ分野に関する内容がようやく盛り込まれるときがきたのだ。5月に発表された新IT戦略本部(本部長:小泉純一郎首相)がまとめた「e-Japan2002プログラム」では,音楽・映像などのコンテンツの円滑な流通の確保を目的とした知的財産権関連の法整備が目玉の一つになっている。

 また,インターネットを介したテレビ放送が活発化することを見込んで,放送コンテンツの取引ルールの整備やコピー防止技術の開発も取り組むべき課題としている。

 ちなみに3月の「e-Japan重点計画」発表時点では,「すべての国民がITのメリットを享受できる世界」とか「超高速ネットワークインフラの形成推進」という,どちらかといえば,抽象的かつ従来の箱モノ行政的な文言が並んでおり,「インフラ整備」が最終目的になりそうな中身だった。

 だが今回のアクション・プランでは,インターネット放送などを展開する際に,問題となる項目について整備を進めようとしている模様だ。知的財産権の保護や映像取引のルール作成は,コンテンツを製作する会社やクリエータにとって歓迎すべきことである。

 こうした政府の計画がその言葉通りならば,いよいよITの“川下”の通信インフラと“川上”のコンテンツ双方に関して環境整備が進み,本格的なブロードバンド時代が到来することになる。

 ここでちょっと考えてみよう。ブロードバンドの環境になったら我々は何が見たいのだろうか。これまでのように,メールのやりとりや,テキストや静止画中心のホームページの閲覧でいつまでも満足しているのだろうか。これについて一つの答えがお隣の韓国にある。

エンターテインメント系が中心に

 韓国がブロードバンド先進国であることは,このところよく知られるようになった。ADSLサービスだけで約300万回線,CATVなどを含めるとブロードバンド利用者は500万人を超える。年内に800万人を軽く突破するという予測さえある。

 この韓国で最も利用されているコンテンツはネット対戦ゲームである。つまり,エンターテインメント・コンテンツというわけだ。

 ゲームを楽しむ場所はもっぱら「PC房(ピーシー・バン)」と呼ばれるネットカフェ。約2万軒もあるという。日本のゲームセンターより雰囲気は明るく,客層の中心は若者たち。もちろん彼らは自宅にもパソコンを持っており,自宅でもネットゲームを楽しんでいる。PC房で遊ぶのは,その行為自体がエンターテインメントであり,デートコースの一つとして確立されているからだ。

 PC房で人気があるのは,ネット対戦ゲームのほかに,チャットやネットトレーディング,ショッピングといったところ。ただ,こうしたコンテンツだけでは,いずれは飽きられてしまうという危機感を多くのPC房の経営者らが抱いている。このため,映画やアニメ,音楽などのコンテンツを楽しめるような総合エンターテインメント空間作りを今後の目標に置く経営者が少なくない。

人気のモノサシは視聴率よりも海外での人気

 結局日本でも,韓国と同じようにブロードバンド化が進むにつれ,エンターテインメント関連のコンテンツが視聴の中心になるだろう。それを見越してか,有線ブロードネットワークスやNTTグループ各社はアニメ,ゲーム,スポーツといったエンターテインメント関連のコンテンツ・プロバイダーに急速に接近し,特定のコンテンツを一本釣りするかたちで,インターネットでの配信契約を結び始めている。

 では,インターネットでも人気が出て,なおかつカネになりそうなエンターテインメント・コンテンツとは何なのだろうか。それも日本オリジナルのものとしては何があるのだろうか。

 テレビで放送されたコンテンツであれば,人気度を測る一つの“モノサシ”として放送当時の視聴率が挙げられる。視聴率が高ければインターネットでもその関連コンテンツは見られる可能性が高いと踏むわけだ。

 しかしテレビの視聴率は時間軸に縛られた番組編成の結果によって,数字が大きく左右される。ゴールデンやプライムタイムで高い視聴率を誇った人気ドラマでも,放送時間帯が異なれば,そうした数字を稼げるかどうか分からない。逆に,深夜だからこそ良い数字が出たという番組もある。

 また,おしなべて視聴率を稼ぐ民放地上波のバラエティ番組でも,特定のタレント色が強いモノを除いて,有料にしたら恐らくほとんど見られることはないだろう。

 視聴率は一つのモノサシになるのは間違いないが,いまひとつ説得力がない。では,「海外市場での実力」を尺度に考えてみてはどうだろうか。

 日本製のコンテンツとして,ポケモンやセーラームーン,ガンダム,ドラゴンボールといったアニメ作品が海外で人気があるのは,多くの人が耳にしたことがあるだろう。ゲーム・ソフトも人気がある。最近ではカード・ゲームが人気になっているアニメ「遊戯王デュエルモンスターズ」の全米放送とカード・ゲームの販売が決まった。

 またスポーツの世界でも,野球のイチロー選手や新庄剛志選手が米国市民に受け入れられ,現地で人気者になっている。

 エンターテインメントの本場である米国市場で,高い評価を得ているアニメ作品やゲーム,スポーツ関連のコンテンツなら,切り口を変えてインターネットで“放送”してもカネになりそうだ。これら以外にも,世界市場での“お墨付き”をもらったコンテンツがある。アニメやスポーツに先駆けて全米を熱狂させた特撮実写作品の「パワーレンジャー」だ。

 パワーレンジャーとは,日本で1975年に東映が製作した特撮テレビ映画「秘密戦隊ゴレンジャー」から始まる「スーパー戦隊シリーズ」の16作目「恐竜戦隊ジュウレンジャー」を米サバーン・エンターテインメント社がリメイクした作品。1993年9月から米国FOX系(FoxKidsネットワーク)で「MIGHTY MORPHIN POWER RANGERS」として放映したのが始まりである。

 現在は,2001年2月まで放送していた24作目の「未来戦隊タイムレンジャー」を,「POWER RANGERS TIME FORCE」として放映している。シリーズが変わっても共通しているのは,変身後のアクション部分は日本の映像を使い,変身前のシーンは新たに米国人で撮り直してオンエアーするというやり方である。

 1995年には劇場版映画が全米公開され大ヒット。米BANDAI AMERICAが発売する番組関連のキャラクタ・グッズ(フィギュアと呼ばれる人形類)も大人気で,放映開始以降平均で年間約1億ドルを稼ぎ出す,息の長い有力キャラクタ・グッズとして定着している。

コンテンツ・プロバイダーはビジネスモデルの見直しが必要

 こうした特撮作品も,インターネットに展開すればきっと人気が出るだろう。日本国内では日曜日の朝7時30分スタートという時間帯が災いして視聴者層が限られているが,時間軸に縛られないインターネット放送であれば,新たな視聴者を獲得でき,玩具などの関連商品ももっと売れるかもしれない。その結果,バンダイ・グループはさらに大きな売り上げを確保できるだろう。

 一方,製作サイドの東映はどうだろうか。実は東映のビジネスモデルは,アニメ製作会社のやり方とほとんど同じだ。番組スポンサーが支払う電波料(広告料)の一部を製作費として受け取る。あとはライセンシーからのロイヤルティ収入が頼りだ。

 ただ,テレビ局からもらう製作費の範囲ではこうした特撮作品は作れない。つまり赤字なのだ。この赤字を埋めるのが,玩具メーカーや食品メーカーへのライセンシングによるロイヤルティ収入や,撮影に使用する各種アイテム(武器や変身ブレスレットなど)を製作するための協力金収入などである。

 もちろん傘下のビデオ会社がテレビ・シリーズをレンタル用のビデオや,再編集版短編セルビデオとして販売している。だが,目立った広告宣伝活動をしていないため,その売り上げはバンダイや米サバーンに比べ,大きいとはいえないだろう。

 こうしたビジネス構造に関しては,「製作サイドは『映像製作という受託ビジネス』中心でロー・リスクしか取っていないため,リターンが少なくても仕方がない」という見方が一般的である。

 とはいえ,ライセンシ各社や海外のディストリビュータが展開するすべてのビジネスの根源となるのはコンテンツであるのは間違いない。それを製作する会社が得る収入が,現状のレベルにとどまっているようでは,ハリウッドのメジャーな“スタジオ”との距離はいつまでも経っても縮まらない。

 それでは,東映はどうすればいいのだろうか。答えは簡単だ。

 自社が製作するコンテンツが持つ価値を客観的に評価し,その価値に応じたリスクを取って,マルチユース展開すべきなのだ。やるべきことはたくさんある。まず手掛けてこなかったテレビ・シリーズのDVD化や,テレビ・ゲームなどへの展開。さらに現在のユーザー層よりも上を狙ったマーケティングを展開して市場を広げることも一つの選択肢だろう。

 政府の新IT戦略本部による法整備で,知的財産権が保護されるようになっても,製作サイドが旧来型の受託産業型ビジネスモデルに固執していては,エンターテインメント系コンテンツ産業は決して成長することはない。これは東映に限ったことではない。すべてのコンテンツ・プロバイダに対していえることだ。

 今後は,ブロードバンド化によって生み出されるチャンス(=リスク)を自社の戦略にどのように生かすかについて明確な戦略を持つコンテンツ・プロバイダーだけが生き残る時代になる。

 この分野の動きについては関連コラムなどでも引き続き追っていくので,関心のある方はアクセスして頂きたい。

(中村 均=技術研究部課長)