高いシェアを獲得して,市場への支配力を強めてくると,そのベンダーは顧客よりも自社の都合を優先させてしまうことがよくある。過去に米Microsoftは,こうした批判をたびたび受けてきたが,また一つ批判の的になりそうなことをやってのけた。

 それは,Microsoftが5月10日に発表した「ソフトウエア・アシュアランス」と呼ぶ新しいアップグレード・ライセンス制度である。Microsoftがソフトウエアの新バージョンを発売したときに,アップグレードに積極的なユーザー企業には購入価格がやや有利になる一方で,アップグレードを渋る一部のユーザー企業には従来よりも多額のコストを支払わせるような仕組みになっている。

 あたかもMicrosoftがユーザー企業にアップグレードを強要するかのような料金体系であるうえに,ソフトウエア・アシュアランス以外にソフトを割安にアップグレードする選択肢が与えられていない。このため先行して発表された米国では,アナリストらが一斉にMicrosoftの批判を始めた。

 確かにMicrosoftにすれば,収入が安定するなどメリットの多い制度である。同社は,収入増も見込んでいるようだ。しかしユーザー企業から見ると,アップグレードの「自由」が部分的にせよ奪われてしまう。国内での正式発表は7月頃と見られるが,米国と同時の今年10月1日にソフトウエア・アシュアランスが導入されることは決定している。

納得しがたい「ソフトウエア・アシュアランス」制度

 ソフトウエア・アシュアランスについて簡単に説明しておこう。

 この新しいライセンス制度は,「Open License」,「Select」と呼ぶボリューム・ライセンス・プログラム(一定条件の下で大量購入するとライセンス料が最大55%以上<日経Windows2000推定>も安くなる制度)を使って購入したソフトをアップグレードするために利用するものだ。ソフトを購入したときにソフトウエア・アシュアランスの契約料を一括または毎年分割して支払えば,契約期間内に購入済みソフトの新版が発売されたときに,追加費用なしで自由にアップグレードできるようになる。契約終了時に,契約期間を延長することもできる。

 ただし,ユーザー企業がなんらかの理由でアップグレードをためらっていると,契約料ばかり取られて損をする。かといって,ソフトウエア・アシュアランスを契約していないと,新バージョンのライセンスを「新規」に購入しなければならなくなる。ソフトウエア・アシュアランスの導入に伴って,Open LicenseやSelectで提供されている割引価格のアップグレード・ライセンスが全廃されるからだ。Open LicenseやSelectを利用して新規購入しても,当然のことながら購入金額はアップグレード料よりかなり高くなる。

 もしユーザー企業が3年以上の間隔でソフトをアップグレードする場合,米国のアナリストらの試算によれば,購入コストの上昇率は22~70%とも言われている。

 Microsoftは,企業の80%にとって購入コストは現状と同じか少し安くなるとしているが,この説明には疑問が残る。少なくとも国内で,新バージョンが出るのと同時にアップグレードをせっせと繰り返すユーザー企業は少数派だろう。この不景気では,企業がソフトをアップグレードする間隔も少しずつ延びているはずだ。

 さらに,運用管理を含めたパソコンの総所有コスト(TCO)を削減するためにソフトのバージョンを統一したいと考えているユーザー企業なら,アップグレードのタイミングを意識的に遅らせるのは当然のことである。こうした企業は特に,ソフトウエア・アシュアランスの悪影響を受ける。

 数年前にTCOの削減を訴えたのはMicrosoft自身だったにもかかわらず,それとは方向が正反対のライセンス制度を持ち出すのは,ユーザー企業から見れば納得し難い。Microsoftは「ソフトは最新版で統一したほうがよい」と正論を述べるかもしれないが,アップグレードの間隔を短くしなければならない企業にとって,TCO(購入コストと管理コスト)が増えることに変わりはない。

 ソフトウエア・アシュアランスの契約料が国内でどのくらいになるのか,その水準がはっきりしない段階で議論するのは時期尚早かもしれない。しかし,米国で批判されているのと同じ価格水準だとしたら,大多数の企業の懐を直撃するのは間違いないだろう。マイクロソフト(日本法人)は国内の事情に合わせて,契約料を柔軟に設定してもらいたいものだ。

横綱相撲をとってもらいたい

 ところで,米Microsoftは,OSとWebブラウザを抱き合わせ販売するといった不公正競争の疑いで,反トラスト法(米独禁法)裁判の最中である。この裁判の行方が非常に重要であることは疑いない。

 しかし,誤解を恐れずに言うなら,違法性の全くないソフトウエア・アシュアランスのほうが,OSとWebブラウザを抱き合せ販売されるより,ユーザー企業に対する「短期的なインパクト」は何倍も大きい(もちろん,不公正競争を容認するほうが「長期的」には損害が大きいので,誤解のないように)。だからといって,ユーザー企業には有効な対抗策が何もないのだから,困ってしまう。Microsoft製品を「買わない」ことも1つの対抗策だが,それによってユーザー企業自身に生じる損害は計り知れない。

 今回のようなライセンス改定をやってのけてしまえるのも,Microsoftが強い市場支配力を持つからと考えるべきだろう。確かにMicrosoftには価格を自由に決める権利があるが,もっとユーザー企業のことも配慮してもらいたい。相撲の世界で横綱に「品格」が求められるように,強い市場支配力を持つベンダーにもユーザー企業は品格を求めているはずだ。

(渡辺 享靖=日経Windows 2000副編集長)