「外向きには何万人の会員を集めて順風満帆なように公表していますが,実際は白紙からビジネスを見直しているところ。インターネットで何をやっていくかということを検討している最中です」---。

 ある大手金融機関のEC(電子商取引)担当者を取材した折りに出てきたセリフである。この金融機関に限らず,インターネットを活用したビジネスに行き詰まりを感じている企業が急増中だ。

昨日のサクセス・ストーリーが明日には失敗事例にも

 日経情報ストラテジー7月号(5月24日発売)の特集「間違いだらけのホームページ戦略」のために,4月から5月にかけてネット・ビジネスを手がける企業を数多く取材した。ここで感じたのは,ネット・ビジネスの先進企業ほど既存のビジネス・モデルが通用しなくなってきたことを実感しているということだ。

 ネットの優等生と目されていた米Yahooでさえも,2001年第1四半期の売上高が前年同期比21%減と落ち込んだ。この結果,業績不振の責任をとってCEO(最高経営責任者)が辞任に追い込まれた。書籍のネット販売大手である米Amazon.comも,いまだに赤字経営が続いており,黒字転換を目指すために今年1月に従業員全体の15%の解雇に踏み切った。この2社に限らず,数多くの「ドットコム・カンパニー」が苦境に追い込まれている。

 こうした現象を,実体経済が伴わない「ネット・バブル」の崩壊と切り捨てるのはたやすい。しかし,本当にそれだけなのか。実は,この裏にはインターネットを取り巻くビジネス環境の本質的な変化があるように思えてならない。

新規顧客の開拓は幻想に

 これまでのネット・ビジネスといえば,インターネットという新たに登場したチャネルの特性に立脚したものがほとんどだった。すなわち,「ユーザーの物理的な場所にとらわれずに情報発信が可能で,人手を介さずに受発注などの対話型処理が実現できる」というネットの特性を最大限に生かすようなビジネス・モデルを作り上げてきた。

 確かに,ホームページを開けば支社や店舗がない地域の顧客にも情報は届く。ネットを利用する消費者の数も急激に伸びている。さらに,簡単な処理だけであればネット・ビジネスに参入するためのコストは小さくて済む。こうした特性を考慮して,新規顧客の開拓を中核に戦略を組み立てるのも道理だ。実際,これまでは新規顧客の開拓こそがネットを活用するメリットとばかりに新規参入が相次いだし,成功を収める企業も少なくなかった。

 しかし,である。いまや個人がどんどんホームページを開く時代である。自社がアピールしたいコンテンツにたどり着いてもらうことは,とても難しい。万人に見てもらおうと最大公約数的なコンテンツ作りをすると,結局,だれの興味も引けないという状況に陥ってしまう。つまり,インターネットを活用すれば新規顧客を開拓できるというのは幻想に過ぎないのだ。

「非お得意様」を優良顧客に

 では,ネット・ビジネスの戦略をどう組み立てていけばよいのか。これを考えるために,ネット・ビジネスを実施するそもそもの目的に立ち返ってみよう。

 どこの企業でも,ネット・ビジネスの目的を突き詰めると,自社の売り上げ(または利益)の拡大ということになるはずだ。

 売り上げを拡大するということは,大きく分けて二つの戦略がある。一つは新規の顧客を開拓すること。もう一つは,既存の顧客や取引先に購買額を高めてもらうことである。多くの企業は,前者の戦略を主軸にネット・ビジネスを展開してきた。しかし,これが行き詰まってきた。

 そこで筆者が勧めるのが,後者の戦略を中核に据えてネット・ビジネスを組み立てることである。端的に言えば,お得意様でないような顧客に対して,ネット経由でお得意様並みのサービスを提供して,優良顧客に変わってもらうのだ。

 これを具現化したモデルの一つが,「クリック・アンド・モルタル」と呼ばれるもの。ネット上のサービスで顧客に対して情報を提供し,店舗や営業担当者といったリアルの世界での購買に導こうというのがクリック・アンド・モルタルの骨子である。「クリック」はホームページを通した情報発信の象徴,「モルタル」(しっくいの意)は店舗を象徴している。

 クリック・アンド・モルタルというと,新規顧客を店舗に誘導するための戦略ととらえる向きもあるが,これは現在の環境では通用しない。既存の顧客を対象に,すでに購買した商品に関連する商品の販促を狙う「クロスセル」や,上位商品や後継商品を販促する「アップセル」といったマーケティング戦略をネットで展開するほうが得策だ。

 もはや,やみくもに広大な消費者を狙ってもネット・ビジネスは失敗に終わる時代である。既存の顧客といったようにターゲットを明確に絞れば,ネット・ビジネスが失敗に終わる可能性は小さくなる。

(吉川 和宏=日経情報ストラテジー副編集長)