「ブロードバンド」がごく普通の世の中になってきた。ADSL(非対称型ディジタル加入者回線),CATV,FTTH(ファイバ・ツー・ザ・ホーム)など,メガビット/秒クラスのインターネット・アクセス回線がユーザーのあいだに浸透し始めている。一般消費者向けの市販雑誌でもブロードバンドをうたった記事がいくつも見られるほど,ブロードバンドという言葉の露出度,消費者への認知度は高まっている。実際,国内のCATV,ADSLのユーザー数は急激な勢いで増えているようだ。

 個人ユーザーとして見ると,ADSLサービスやFTTHサービスは,安いとも高いとも言える。「メガビット/秒を月数千円で使い放題」。確かに,月々数千円ならそう高くはない。ビット単価に換算すれば,電話回線でダイヤルアップするよりもずっと安い。しかし,電話代との絶対値を比較すると,ダイヤルアップ接続の方が安価になったりする。

 実際,筆者もADSL接続を利用しようかどうかちょっと考えたことがある。しかし,結論は「当面は使わない」だった。理由は簡単。ADSLを使うと,今までのダイヤルアップ接続よりも高価になってしまうからだ。

 確かに,高速なアクセス環境は手に入るが,例えば自宅でのインターネット利用のパターンとしては,1.5Mビット/秒を継続的に必要とすることはあまりない。むしろ,電子メールなど64kビット/秒もあれば十分な場面が圧倒的に多い。だったら,普段は64kビット/秒でも月額2000円程度,オンデマンドで時間課金の1.5Mビット/秒を利用できるというような環境の方がうれしい。ただ,こんなサービスはほとんど見当たらない。結果として,ADSL接続は見送りつづけている。

 では,企業ユーザーとしてみるとどうだろう。この1~2年,安価な専用線を使った月額10万~15万円程度の1.5Mエコノミー接続を利用するユーザーが急激に増えている。もちろん,ユーザーにはその安さがウケている。

 企業のインターネット接続として考えると,その安さは際立ってくる。現状では,1.5Mビット/秒以下で月額数万円以上かかるのが普通だが,ADSLやFTTHを使えば,少なくとも同程度の料金ではるかに高速な環境が手に入る。ところが,ADSL接続に関しては,企業ユーザーには浸透していない。少なくとも,とても採用が進んでいるようには見えない。なぜなのだろう。

 企業の多くは,変化を嫌うという側面はある。正常に稼働しているなら,できるだけ手を加えたくはないと考えるのはごく自然なことだ。しかし,このご時世,コスト削減を考えない企業は皆無といっていいだろう。だとすれば,インターネット接続にかかるランニング・コストを削減するためにも,安価なサービスに切り替える例が続々と出てきていてもおかしくない気がするのだが・・・・。

 まだ導入が進んでいないだけでこれから浸透し始めるのかというと,あまりそうも思えない。ISPが積極的に企業ユーザーに勧めようとはしていないからだ。一部のISPは「IPアドレスの変更が大変」などの理由にユーザーには積極的に勧めていないという。

 考えてみれば,それもそのはず。いまやISPのビジネスは,インターネット接続環境を提供するだけで十分な利益を得られるような状況ではなくなっている。多額の料金でも支払える企業ユーザーが,より安価なサービスに流れてしまっては,ビジネスの苦しさは増すばかりである。しかし,ISPにはかわいそうだが,ユーザーがISPのためにわざわざ高いコストを支払う義務はない。

 確かにISPやサービスを切り替えるとなると,IPアドレスやDNS(ドメイン名システム)の設定を変更しなければならない。その作業にはどうしても手間はかかる。しかし,削減できるコストを考えれば,IPアドレスなどの変更作業が導入を思いとどまらせるほどの強力な理由になるとは考えにくい。

 これらのアクセス回線サービスが,ベスト・エフォート型であることも理由の1つになるかもしれない。必ずしもサービスの仕様上で最大の速度が得られるとは限らない点である。しかし,仮に実行速度が最大速度の1割しか出ないとしても,それでも割安感がある。さらに言えば,1割のパフォーマンスしか出ないベスト・エフォートではあまりにも誠意がない。

 ISPがこのあたりの誠意を見せてくれるとするなら,使ってみてもいいのではないだろうか。

(河井 保博=日経インターネット テクノロジー)