IT(情報技術)の恩恵を広くあまねく伝えられるとして急速に広がるインターネット。だが現実には,これまで以上に一極集中型のビジネスモデルを加速し,皮肉にも地理的な情報格差を拡大している。

世界的に「ネット・バブルが崩壊し,伝統的な企業が実力を発揮してきた」との論調が強まっているし,日本国内を見てもソニーやイトーヨーカ堂のネット銀行や,大手メーカー/商社などのマーケットプレイス(仮想取引所),トヨタ自動車や全日空などのBtoC(企業対個人)サイトなどなど,大手企業が主導権を握る。

 その背景には,もちろん実力を伴わなかったネット・ベンチャーの存在もあろうが,クライアント・サーバー(C/S)モデルをそのままインターネットにも持ち込んだことが一極集中を加速した大きな要因だろう。クライアントが増えれば増えるほど,そこに情報や数々の付加価値を提供するサーバーは巨大化せざるを得ない。つまり,ハード/ソフトに巨額の資金を投資し続けられる企業でなければ,ネット上のサービス提供者として存続できないからだ。

 ITに対する株式市場や投資家の選択眼や期待するところが未熟な現状では,IT関連事業分野以外から資金を集められる大手企業が勝ち残る構造が鮮明になってくる。投資効率を高めるためにサーバーやデータセンターなどの統合が進むので,大手企業が集まる東京への一極集中が加速されるばかりだ。

 利用者からすれば,ネット上のサービス提供者が誰だろうが関係ない。だが,ネット上のサービスを実際に生み出しているソフト開発の視点で見れば,東京への一極集は“ITによる日本再生”どころか“ITが国を滅ぼす”ことにもなりかねない。

 理由はいくつかある。第1は,ソフト開発者の東京集中によるコスト増である。最近も大手システム・プロバイダが系列ソフト会社の統合などで東京中心の開発体制を整備した。さらには,インドや中国などからIT関連技術者を受け入れたり,東京に合弁会社を作るといった動きも増えている。結果起こるのは,世界でもトップ・レベルの東京の諸物価を前提にしたソフト開発料金相場の形成である。今でさえ“高い”イメージのある情報システム構築はさらに高くなるわけだ。

 第2は,システム構築プロジェクトを満足に管理できる人材や,その育成の場が欠如していることによる品質の低下である。頭数重視のソフト開発現場では,全体を把握できる立場にあるソフト技術者は限られるし,大型案件を受注する大手システム・プロバイダにしても,コスト増を抑えるために下請けを多用するため,実際の開発現場で起こる問題に対処できなくなっている。先手必勝とばかりにビジネスモデルも不明確なままにシステムを立ち上げる状況下では,若手にシステム開発の全体像を把握する機会を与えることすら難しい。

 第3は,IT格差による地方のさらなる地盤沈下である。サーバー・ハードやソフト製品は安価になり,中堅・中小企業の導入は容易になった。だが,第1の理由に挙げたように,それらを利用するためのソフト開発やコンサルティングの料金は高くなる一方で,中堅・中小企業が不利な状況は変わらない。加えて,これまで地方のシステム構築作業を一手に引き受けることでノウハウを蓄積してきた地場のシステム・プロバイダが,首都圏の案件でも引く手あまたになり,首都圏ビジネスに投資を集中する傾向も出始めた。ソフト開発者がそばにいなくなった地方のIT導入速度は遅くなるだろう。

 それでも,将来に望みを託せるのがITのITたるゆえんだ。記者が期待するのは,ブロードバンド時代の常時接続であり,そこで実現されるピア・ツー・ピア(PtoP)のネットワーク環境,そしてオープンソースとコミュニティの概念だ。特定のサーバーに依存することなく,参加者それぞれが知恵と適切な投資を出し合うことで,地元での取引を活性化できるだろう。

 C/Sベースのネット・ビジネスは,一極集中がゆえに,全国規模の不特定多数を対象にしたサービスを模索するしかなかった。PtoPでのサービスは,特定の利用者(コミュニティ)を対象にするのでビジネスモデルは立てやすく,地場密着の事業展開が可能になる。サービス提供拠点が分散すれば,自然にソフト会社/技術者も市場の近くに散らばり,いまより柔軟なサービス体系や料金体系が生まれるはずだ。

 商業化されたインターネットは,ネットワークの開放と引き替えに,利益重視の一極集中モデルを再現してしまった。管理・集中型のコンピュータ環境に抵抗した人々がインターネットを草の根的に広げ始めたように,インターネットを再度,利用者の手に取り戻すためのITと知恵,そして参加者意識が今,求められている。

(志度 昌宏=日経システムプロバイダ副編集長)