米Transmetaの低消費電力型マイクロプロセサ「Crusoe」を搭載したパソコンが発売されてから半年。ソニーやNEC,富士通,東芝,日立製作所,カシオ計算機といった日本メーカーを中心に採用例は着々と増えている。5月22日から東京ビッグサイトで開かれるビジネスシヨウでも,新たなCrusoe搭載機がいくつか発表される見込みだ。

 パソコン・メーカー各社は,米Intel製のマイクロプロセサではないことを積極的にアピールしているが,これはCrusoeとかつての互換チップとの大きな違いといえるだろう。Crusoeは一つのブランド名として定着しつつあるのだ。

 米AMDや米Cyrix(台湾のVIA Technologiesが買収),米Rise Technology,米NexGen(AMD社が買収)などの86系互換チップがパソコン・メーカーに採用されるまでに多くの時間を費やしたのに比べれば,デビューから短期間でCrusoeの知名度は一気に高まった。まずは順調な滑り出しといえるわけだが,これだけでCrusoeが成功したと結論付けるのは早計だ。むしろ,次の一手を示せなければ,Crusoeの先行きは危うい。

 Crusoeが採用されているのは,ノート・パソコンのごく一部の機種にとどまる。Crusoeでは,「Code Morphing Software(CMS)」と呼ぶソフトウエアが86系命令を内蔵の独自命令セットに変換してから実行する。このオーバーヘッドがあるために,同じ動作周波数のIntel製マイクロプロセサに比べて性能が低いことが欠点となっている。しかも動作周波数の点でもIntel社の製品に見劣りする。

 どうしても,ターゲットは「性能よりも,長時間の電池動作を望むユーザーに向けた製品群」に限られている。こうした製品群に採用されただけでは,話題性はあるものの大きな収益にはつながらない。

 事業面での苦しさはTransmeta社の決算をみれば一目瞭然だ。同社は2000年11月に株式を公開し,2001年1月に初の決算報告(2000年第4四半期)を行なった。Crusoeの量産が始まった後の決算とあって注目された売上高は1200万米ドル。そして4月に発表された2001年第1四半期の決算では,売上高は前期比50%増の1860万米ドルとなり,株式市場では「期待よりも売り上げが伸びた」とされ,同社の株価は上昇した。

Crusoeに求められる新市場の開拓

 ところが2001年第2四半期の売上高は第1四半期と同程度にとどまる見込みで,早くも頭打ち感が出てきた。問題なのは,この売上高では黒字転換が難しいことだ。同社は研究開発に,1四半期あたり1700万米ドル以上を投じている。これだけで売り上げをほぼ食い尽くしてしまう計算となる。第1四半期における同社の赤字幅が2200万米ドル。つまり,大雑把にいって売上高が2倍になってもまだ赤字というわけだ。

 こうなると新市場の開拓が急務となる。そこで同社が期待をかけるものの一つがサーバー機市場である。

 米Compaq Computerの技術者がスピンアウトして設立した米RLX Technologiesは,Crusoeを採用したサーバー機をこの5月8日に米国で発表した。マイクロプロセサの消費電力が小さければ,サーバー機を小型にできる。スペースが小さくてすむうえ,サーバー機の冷却機構も簡易的なもので済む。もちろん,サーバー機の消費電力も小さい。つまりサーバー機を導入する企業にとって,その維持コストを大幅に削減できるというのがCrusoeサーバー機の特徴という。

 折しも米国は,カリフォルニアをはじめとして,電力事情が社会的な問題となっている。こうしたサーバー機がそこそこヒットする可能性はある。ただ,性能重視のサーバー機市場でIntel社と真っ向から勝負するのはたやすいことではない。仮に,サーバー機市場の一部を奪ったところで,大幅な売り上げ増にはならないだろう。やはり,ノート機のメインストリームとなるか,あるいはデスクトップ機への展開もほしいところだ。

 Transmeta社は,ノート・パソコンのユーザのあいだに,「性能」を犠牲にしてまでも「低消費電力」を重視する風潮が生まれることに期待をかけている。性能面を差し引いても,Code Morphing Software(CMS)によって実現される長時間駆動に魅力を感じるユーザーが主流になれば,Crusoeの出荷個数が大幅に増える可能性はある。

 確かに,500MHzのマイクロプロセサと1GHzのマイクロプロセサで,体感として2倍も性能差があるとはいいがたい。パソコン誌やメーカー各社の販売文句をみても,以前のような性能絶対主義が崩壊しているのは事実だ。Crusoeの販売がぐんと拡大する素地が整いつつある。

 一方で,マイクロプロセサのパラダイム・シフトが一朝一夕に起こらないのも事実。ユーザーの意識は,そう急には変わらないのだ。いまのところユーザーは,「やはり高性能なことにこしたことがない」と判断しているようだ。Crusoeがノート・パソコンのメインストリームになる気配はない。Crusoeをもう一回り成長させるには,「低消費電力」という特徴だけでは不十分で,やはり性能面でもIntel社製品と肩を並べる必要があるだろう。

生き残り策は二つ

 Transmeta社には二つの生き残り策がある。

 一つは,研究開発費を削減し,現行の売上高でも黒字に転換する道を模索すること。同社の研究開発費は1四半期あたり1700万ドル,年間で約8000万ドルである。この研究開発費を削減することで,現行の市場のままでも採算のあう事業へと縮退する道である。

 もう一つの策は,Crusoeを高性能化することだ。性能でも見劣りせず,消費電力が小さいとなれば,ノート機だけでなくデスクトップ機の市場にも食い込める。幸い,CrusoeのCode Morphing Software(CMS)には「動的コンパイラ」と呼ぶ命令スケジューリング技術が組み込まれている。この動的コンパイラは,次世代のマイクロプロセサの高性能化手法として,Intel社も注目している技術の一つである。ここに磨きをかければ,Crusoeにはまだまだ性能が高まる余地があるといえる。

 Crusoeの生みの親であるDavid Ditzel氏(Transmeta社Chief Technology Officer)によると,同社の開発リソースの80%以上は次世代版Crusoeに向けられているという。

 次世代Crusoeでは,動的コンパイラをさらにチューンアップするうえに,内部命令を変更し同時に実行できるx86命令数を現行の2倍に当たる最大8個に拡大する。もちろん,ピーク時ではなく平均的に何個の86系命令を実行できるかが性能の決め手となるわけだが,いまのCrusoeに比べれば性能は確実に高まるだろう。

 この次世代Crusoeが市場に登場する2002年に,Transmeta社の真価が問われることになる。

(浅見 直樹=日経エレクトロニクス編集長)