A店で10万円の商品が,B店ではそれより10円安い9万9990円----。そんな10円きざみのし烈な価格競争がネット上で日々,繰り広げられているのをご存じだろうか。冷静に考えれば,「10万円の商品で10円の差なんて大して意味がない」はず。しかしネット販売業者に言わせると,10円の差が受注に大きく響くというから驚きだ。

 なぜ,わずか10円の差が意味を持つのか。その最大の要因は,カカクコム(本社東京)というベンチャー企業が運営する「価格コム」という価格比較サイトにある。このサイトは,パソコンや家電,時計・バッグなどのブランド品,スポーツ用品を対象に,商品ごとに多数の販売サイトにおける価格を安値の順に表示する。消費者は買い物前に価格コムに訪れることで,手間をかけずに素早く,目当ての商品を最も安く売っているサイトを見つけられる。

 価格コムはこの利便性によって,今では月間で延べ約100万人がアクセスする人気サイトに成長した。価格コムを訪れた消費者の一部は,リンクをたどって目当ての商品を安く売っているネット販売サイトに移動する。そのために価格コムは今では,ネット販売サイトにおける強力な「集客窓口」としての地位を確立している。

 この価格コムという集客窓口から,消費者がネット販売サイトへ移動する際に,安値のランキングで上位のサイトに注文が極端に集中する傾向があるという。そのカラクリはこうだ。

 価格コムでは,商品名をクリックすると,販売価格の安い順に販売サイトが並ぶ。当然,順位が上の販売サイトほど目立つ。つまり,たとえ10円の差でも他店を上回れば,受注の確率がグッと高まるわけだ。

 ただし最安の販売サイトが注文を独占するわけではない。激安サイトの大半は,現金問屋などから商品を仕入れているために在庫の数量が限られる。そのために最も安いサイトの在庫がなくなると,2番目に安いサイトという具合に,順送りで注文が入っていくという。

 この現象を,「販売価格に敏感なごく一部の消費者が引き起こした局所的なもの」と考えるのは誤りだろう。

 「PCボンバー」というパソコン販売サイトを運営しているアベルネット(本社東京)は昨年度,ネット販売だけで実に70億円を売り上げた。集客をほぼ全面的に価格コムに依存して,広告宣伝費をかけずに徹底的に低価格を追求した。その結果ネット販売の土俵で,コジマやヤマダ電機などの大手家電量販店を圧倒する売り上げを記録したのだ。筆者の知る範囲内だが,70億円を売り上げたアベルネットは,90数億円のソフマップに次ぐ国内2位の物販サイトである。

 こうした価格コムの「申し子」は,アベルネットだけでない。家電販売のダイコム(本社東京)やパソコン販売のサクセス(同)など,ネットでの年商が10億円を超えて,大手量販店のサイトと互角以上に渡り合っているベンチャー企業は少なくない。知名度の不足を価格比較サイトという強力な集客窓口を使って補い,広告宣伝費をかけないことで価格競争力を高めるという新しいビジネスモデルが突如,成立したといえる。

 ただし,この伸び盛りのビジネスモデルにも少なからず不安要素がある。まず10円刻みという常軌を逸した競争原理によって,結果的に1社の勝者も生まない可能性があることだ。70億円を売り上げているアベルネットの場合,粗利はわずか5%程度という。そのためにシステム投資を切りつめざるを得ず,オンラインの受注さえ実現できていない。いまだに電話で注文を受け付けているのである。

 さらに競争の激しさによって顧客対応がおろそかになり,結果的に激安サイト全体のイメージが悪化する懸念も拭いきれない。

 あるネット販売業者は,「在庫がないのに安い価格設定にして,消費者を呼び込んでいるサイトがある」と憤る。消費者を呼び込みさえすれば,在庫がなくても注文を受け付けて次回の商品入荷後に発送したり,他の在庫品を勧めるといった手を打てるからだ。特に商品の発送を引き延ばせば,その間に商品の仕入れ値が下がり,店の利益を増やすことができる。

 詐欺的とも言えるこうした行為は,店側が意図してなくても起こり得る。激安サイトの多くは現金問屋から商品を仕入れているために,在庫数量が限られる。そのため1日で完売することも珍しくなく,リアルタイムの在庫管理を実現しない限りは過剰に注文を受け付けてしまう可能性があるからだ。

 価格コムを頭領にいただいた激安サイトの一大勢力が,大手量販店の追撃をかわしてこのまま伸び続けて確固たる地位を築くか,それとも泡と消えるのか。業界関係者やアナリストの予測は2分されるが,「この1~2年が勝負」という点では一致している。

(中山 秀夫=日経情報ストラテジー編集)