旅行業界がネット化の進展で大きく変わりつつある。これまで業界全体に隠然たる力を及ぼしていた“ミドルマン”である旅行代理店の支配力が衰える一方で,切符やサービスの“サプライヤ”である航空会社や鉄道会社が,ネットを利用した直販に乗り出してきている。旅行業のEC(電子商取引)が根付きつつあるのだ。
 
 まずは航空業界。

 航空3社は,直販商品の2%割引サービスの実施と事前購入期限の事実上の撤廃を,6月1日搭乗分から実施すると発表した。前者は,搭乗日の前日までにクレジットカードやコンビニなど旅行代理店以外で決済した場合,たとえ特割や超割などの割引商品からでもさらに2%割り引くもの。後者は,これまで予約後6日以内に旅行代理店などで発券する必要があったが,これを出発前20分までに大幅に延ばした。これなら,出発当日空港のカウンターで購入してもよいことになる。

 加えて5月には,航空3社が設立・運営する共同サイト「国内線ドットコム」が始まる。各社の様々な運賃を検索して比較購買できるサイトで,これまでの航空各社が独自に運営していたサイトに比べて利便性が大幅にアップする。

 鉄道業界も負けていない。

 JR東海は,駅や代理店を通さずに切符を販売する試みをスタートする。例えば今年10月から,携帯電話を通じた東海道新幹線のネット予約サービスを始める。特急券は乗車直前に駅の券売機で発券できる。また2003年にはWebサイトを通じて同様のサービスを開始する構想もある。

 JR東日本は4月27日から「えきねっとTravel」を立ち上げる。従来は同社が発行する「ビューカード」の会員に限って指定席券の予約販売サービスを提供してきたが,このサイトでは一般のクレジットカードでも決済できる。2001年度中には,iモードなどのインターネット接続に対応した携帯電話からの予約サービスも始める予定を立てている。

 航空・鉄道各社の直販には,代理店に支払っている販売手数料の削減という狙いがある。例えば大手代理店は,国内航空券の発券なら5%,JR券で2%程度の手数料を徴収する。自社で販売すれば,この分がそっくり利益として懐に入る。これまでも直販したいのは山々だったのだが,一般ユーザーとの接点を持つには莫大なコストがかかるために旅行代理店に頼らざるを得なかった。しかし今やネットがある。サプライヤはこぞって代理店の中抜きを図り,顧客に直接アプローチし始めた。

 航空会社が実施する2%の直販割引は,その典型的な例だ。現在各社とも10%程度になったネット予約比率をさらに高めたい。いったんネット予約の便利さを体験してもらえば,恒常的にネット予約をしてもらえるのではないか。そのためなら,支払わずに済んだ手数料5%のうち2%をユーザーに還元してもよい,と考えたわけだ。

 またJR東海の場合,代理店だけでなく他のJR各社に支払う手数料も大幅に減らせる。例えばJR東日本の駅で東海道新幹線の切符を買った場合,収入はJR東海のものになるのだが,JR東日本に対して5%の販売手数料を支払う必要がある。

 JR東海では,こうした手数料の支払いが年間で約300億円にも上るという。東海道新幹線というドル箱を持っているものの,首都圏と関西圏という2大経済圏にほとんど拠点を持っていないからだ。仮にネットで顧客に直販できれば,システム開発費を払ってもお釣りが来るほどの利益が手に入る。

 一方の旅行代理店は,防戦一方の状況にある。

 象徴的なのが,業界2位の近畿日本ツーリストと業界3位の日本旅行,JR西日本の旅行部門が2003年1月をメドに合併する“事件”。これによって新会社の取扱高は1兆3293億円となり,1兆4510億円ので首位を走るJTBに肉迫するのだが,両社から喜びの声は聞かれない(数字は2000年度見込み)。合併に伴って様々な初期トラブルが生じることが予想されることもあるが,それ以上に防衛的な色彩が濃いからだ。

 ある幹部は「これまでのように発券などの手数料収入に頼った経営は,早晩できなくなる。ツアーなどの企画力を磨く一方で,コストダウンを図るしか生き残りの道はない」と漏らす。もちろん各社ともネットを利用して,Business Travel Managementと呼ばれる企業の出張費管理に取り組むなど,新市場の開拓にも力を入れている。だが,インハウスと呼ばれる大企業の資本が入った旅行子会社の存在もあり,なかなか思うように食い込めていないのが現実だ。

 米国では既に,旅行業がBtoC(消費者向け)EC市場の1/4を占めている。米フォレスター・リサーチの調べによると,2000年の米国BtoC市場の売上高は482億8500万ドルで,そのうち旅行業は132億ドルで全体の27.3%を占めた。今後は年平均40%の成長を続け,2004年には492億ドルになると同社は予測する。

 米国には既にJTBのような個人向けのリアルの大手旅行代理店は存在しておらず,「Travelocity」のようなWeb代理店と航空会社がネット販売で激しく火花を散らせている。

 一方日本の旅行業界も,ECの市場規模は2005年には2兆円を超え,他の業界に先駆けて最もネット化の進んだ“最先端市場”となると言われる。今年から2005年にかけて,日本の旅行ビジネスが大きく変わるのは間違いないところだ。

(本間 康裕=日経ネットビジネス副編集長)