「今後のネットワークはすべからくインターネットにつながる。どのネットワークに接続しても,インターネットが必ず“おまけ”で付いてくるようになる。そこで必要になるのは,ドメスティックに(地域向けに)超高速な通信回線を提供するといった,新しい発想のネットワーク・サービスだ」。

 これは,今から4年近くも前の1997年7月に,メディアエクスチェンジ(MEX)の吉村伸社長が筆者とのインタビューで語った言葉である。

 当時,MEXは設立したばかりで,IX(インターネット・エクスチェンジ)やインターネット・データセンターという新しいビジネスに乗り出そうとしていた。それまでインターネットイニシアティブ(IIJ)の要職にあった吉村氏に,新会社での意気込みを聞くことと,今後のインターネットをめぐる動きを占ってもらうことがインタビューの目的だった。

 そのなかで飛び出した「インターネットはおまけに過ぎない」という発言に,記者は相づちを打ちながらも,何か釈然としないものが残った。考え方があまりに斬新で,要するに,ついていけなかったのだ。

 なぜこんな話を持ち出したかと言えば,MEXとは別の形で,吉村氏の“予言”を具体化したサービスがこの3月に始まったからである。有線ブロードネットワークスが提供する最大100Mビット/秒のFTTH(fiber to the home)サービスがそれだ。

 このサービスを,単にインターネットに高速で常時接続するだけのサービスととらえると,本質を見誤る。有線ブロードは自社のネットワーク・インフラを使って,加入者向けに映画や音楽,ゲームなど多種多様なコンテンツを配信する。この独自のインフラとコンテンツの提供こそがサービスの主眼であり,インターネット接続は付加価値の一つに過ぎないと言っていい。

 もちろん,インターネット接続は速いに越したことはない。この点では有線ブロードの常時接続サービスも非常に高く評価できる。しかし,インターネットの入り口までをいくら高速にしたところで,その先も隅々まで高速であるとは限らない。むしろ現状のインターネットでは,途中で低速な回線を経由したり,混雑に巻き込まれて,通信のスループットが劣化することも少なくないだろう。ブロードバンド向けのコンテンツ自体もインターネット上ではまだほとんど流通していない。

 それならば,インターネット接続サービスをあくまでメニューの一つに位置づけ,自社独自の超高速のネットワーク内にサーバーを置いて,様々な大容量コンテンツを加入者に直接配信する---こんなビジネスが出てきても不思議ではない。有線ブロードのサービスはまさにそれだと言えよう。

 最近,有線ブロードの宇野康秀社長にインタビューする機会があった。そして,サービスの仕組みや狙いを聞いているうちに,冒頭で挙げたMEXの吉村氏の言葉を思い出した。「そうか,これは彼の言っていた新しいサービスそのものだ」。今ごろになって,筆者はやっと理解できた。「インターネットは“おまけ”なんだ」と。

 有線ブロードのサービスはその高速性と破格の安さで注目を集めているが,筆者は100Mビット/秒というスピードには驚かなかった。その昔,NTTが「将来はB-ISDN(ブロードバンドISDN)を提供します」とぶち上げていたころ,ブロードバンドとは150Mビット/秒以上の帯域を指していた。

 だから,「ようやくブロードバンドと呼べるようなサービスが出てきたな」というのが,第一印象だった。それよりも,インターネット接続だけにとらわれないビジネス・モデルのほうに衝撃を受けた。

 有線ブロードの宇野社長自身は“おまけ”という言葉は使わなかった。しかし,インターネットとの接続部分ばかりに注目が集まるのは不本意のようだった。有線ブロードは自社のネットワーク・インフラとインターネットとの間を結ぶ回線の速度を公式には明らかにしていない。これも,インターネットとの接続を最重要視しているわけではない証拠の一つだろう。

 インターネットはこれまで情報検索やコミュニケーションのツールとして発展してきたが,大容量コンテンツの伝送媒体としては未熟なままである。その間隙を突いて,あるいはそれを補完する形で,有線ブロードのサービスをはじめとする新しい独自のネットワーク・サービスが台頭し,顧客を囲い込む可能性がある。

 実際にどれだけの人がネットワーク上で動画や音声のコンテンツを利用するのか,疑問もある。しかし,単純にインターネット接続だけを目的とするサービスは,今後いっそう存在価値が薄まることは確かだろう。プロバイダはもはや,おまけでは勝負ができなくなる。

(杉山 裕幸=日経コンピュータ副編集長)

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