ここ数年,製造業や流通業を中心に話題を集めている経営手法の一つにサプライチェーン・マネジメント(SCM)がある。製品サイクルが極端に短くなるとともに消費者の嗜好(しこう)が多様化した現在,過剰在庫や欠品を防ぐ手法として,メーカーや卸,小売店を巻き込んだ情報化を推進する製造業・流通業が増えている。

 だがこのSCM。その理想と現実には大きなギャップがある。「参加している企業すべてがWin-Winの関係になる」というのがSCMにおける理想。しかし現実には,一部の企業だけがメリットを享受しているケースが少なくない。

 「確かにメーカーからは以前より長期間の発注計画データが届くようになった。それは良いのだが,計画はあくまでも計画でしかない。実際には,納期間近になって数量を変更してくるケースが多い。その一方で,従来よりも納期の短縮や,その順守を厳しく迫られている。このためSCMのメリットと言ってもピンとこない」。

 これは,数年前からSCMプロジェクトに取り組んでいる大手家電メーカーと取引関係にある中堅部品メーカーから聞いた話だ。大手メーカーが自社のメリットを追求して,従来以上に商品の生産や納品リードタイムを短縮しようとした結果,しわ寄せが部品メーカーに及んだ例だと言える。

 一方,ある大手家電量販店の調達担当者はこう語る。「家電メーカーさんはSCMだ,SCMだと盛んに言うけれど,ちょっと商品が売れ始めると,とたんに商品の確保が難しくなる。だからヒットしそうな新製品が出るときは,他店に負けじと,多めに発注をかけている。まあメーカーさんも,その辺の事情は分かっているから,化かし合いだね」。

 小売店サイドが,こうした思惑をもって発注をかける状態が続けば,SCMを導入する意味はない。ヒット商品の供給不足が生じ,小売店はそれを見越して過剰な発注をかける。まさに悪循環である。

 SCMが失敗に終わる典型的なパターンは,既存の商取引のなかで強い立場にある企業が,自社のメリットを優先して情報化を進めるときに生じる。もちろんSCMプロジェクトがこうしたケースばかりというわけではないが,矛盾や問題点を抱えながら動いているプロジェクトが少なくないのは確かだ。

 では,この現状を改革するにはどのような手段があり得るのだろうか。

 まずは,従来の商取引における強者と弱者の関係を見直し,参加企業が対等なパートナーであることを明確にすべきだ。実は,これがSCMの原点でもある。例えば商品発注一つをとっても,事前の計画を変える場合のルールを確立すること。さらに計画の変更によって生じた在庫リスクを,だれがどう負うのかなどを明文化することなどである。既存の商取引のように,強者の都合を優先していては,Win-Winな関係を築けるわけがない。

 欧米では,小売店とメーカーなどがそれぞれ月単位で商品の需要を予測する。そのズレが例えば10%以内であれば,その月に関してはメーカーの製造計画通りに製造・納品を実施する取り組みが広がってきている。差分に関しては,翌月以降の発注計画などに反映させて吸収する。これは「需要予測は外れるもの」という前提を置いて,「ある程度のズレには目をつぶる方が,参加企業全体にとってメリットが大きい」という発想に基づいたものである。

 国内でも,例えばスポーツ用品のミズノは,スポーツウエアの縫製などを委託している協力工場に対して,資材の余剰在庫の責任をミズノが負うという新しい取引関係を始めている。従来は,こうした余剰在庫の責任があいまいだったため,協力工場は在庫リスクを恐れて資材在庫を持ちたがらなかったという。このため,追加注文などに応じられず,販売機会のロスが生じていた。

 そこでミズノは,協力工場に対して以前よりも長期的な発注計画を公開する一方,資材在庫が余った場合の責任を負うことで,一部の人気商品について,小売店の発注から納品までを2週間で完了する「2ウィークデリバリー」という取り組みを実現した。具体的には,資材在庫に余剰が発生すると,その資材を次のシーズンの新商品に優先的に利用している。それでも在庫がさばき切れない場合は,ミズノが買い取ることもあるという。

 ミズノの例のように,自社だけでなく参加企業すべてに対してメリットを作り出すことが,SCMを成功させるポイントである。

 SCMに代表されるように,インターネットの浸透によって,情報化の質は大きく変わった。インターネットの登場以前は,社内の業務プロセスをいかに効率化するのかが情報化の主眼だった。しかし,インターネットによって企業間を安価に接続できるようになった現在,情報化のカバー範囲は社内にとどまらず,部品メーカーから最終消費者に届くまで,つまり商品のライフサイクル全体に広がったのだ。

 こうした時代の情報化においては,プロセスに参加する企業や商品を購買する消費者に対して,いかにメリットを与えるかが成否のカギを握るようになる。

 インターネットを活用して取引企業や消費者にとって魅力的なビジネスの「場」をいかに作るか,あるいはこういった場をうまく作れるか否かが,ネット時代に「勝ち組」として残っていく重要な条件なのである。

(安倍 俊廣=日経情報ストラテジー編集)