前回の『「やって見なけりゃ分からない」---。ADSLファースト・インプレッション!』で,ADSL導入時の様子をお伝えした。今回は,その後をご報告したい。

 ADSLモデムと電話局のあいだは現在,上り512kビット/秒,下り1.5Mビット/秒でつながっている。サービス上の上限値であり,この状態で安定している。もちろん,パソコンでインターネットにアクセスしたときのスループットはこんなには出ない。スループットについては後述する。

 スプリッタにつないだ電話線を使った通話も,そこでの56kモデムでの通信も,ADSLの使用/不使用にかかわらず問題なく行える。

電話着信時のADSL切断は解消

 まず,前回懸案だったADSL使用中に電話が着信するとADSLリンクが切れるという問題である。「実用上,さほど問題はない」とは書いたが,仕様通りのサービスでないことには間違いない。ADSL事業者に問い合わせたところ,NTTの電話回線の設備が原因で起こることが分かった(若干分かりにくいところにあるものの,事業者のWebページにも出ている)。

 具体的にはこういうことである。

 電話回線には,ユーザー宅への入り口のあたりに保安器と呼ばれるマッチ箱大の装置がついている。雷などで電話回線に過電流が流れたときに,ヒューズとして働く装置である。今回問題になったのは,この保安器が「6PT」という型番で,しかも初期のバージョンだったからだ。6PTにはリレーが内蔵されており,着信の際にADSL信号を乱してしまう。同じ型番でも,最近のものは問題ないという。

 内蔵のリレーは,故障などの際にその原因が保安器よりも宅内側なのか電話局側なのかをリモートから切り分けられるようにするためにある。今回は,リレーが内蔵されていない「6P」という保安器に交換することで対処した。これで,電話着信時にADSLリンクが切断する問題はなくなった。電話回線が故障したときに切り分けはできないが,そのような場合には保守担当者が出向いてくれることになる。

 実際の交換は,以下の手順で行う。まずユーザーがNTTの故障受付(113あるいは116)に保安器の型番を問い合わせて6PTであることを確認した後,ADSL事業者経由でNTTに保安器の交換工事を依頼する。もちろん,ユーザーには費用の負担はない。今回は,工事を依頼してから中6営業日で予定通り工事が完了した。作業自体は10分程度である。

 ただ,NTTの故障受付に保安器の型番を問い合わせたときに,自宅に電話をかけてきて「電話はこの通りつながっています。したがってNTTに問題はありません。あとはADSL事業者の問題です」で押し通そうとしたのには驚いた。またADSL事業者からの連絡によれば,ユーザーが保安器の型番を問い合わせても答えないNTT局もあるという。その場合は,ADSL事業者経由で問い合わせることになるそうだ。

 6PTの初期バージョンが使われた時期や地域の詳しいことは分からないが,私の住まいは1995年の1月に完成したマンションである。これに近い時期であると思われる場合は,注意した方が良いかもしれない。ADSL事業者としては,保安器の型番をいちいち調べて事前に対処するよりは,つないでみて問題が生じたら対処する方が効率がよいと考えたようだ。

 ただしこれは,そう問題視するべきことではないだろう。対処のルーチンがしっかりできているし,実用上さほど大きな問題ではないと私には思われるからだ。あくまで私の場合だが,この約2週間でインターネット使用中の電話着信は2回。しかも,電話を取るためにパソコンの前を離れる。もちろん,頻繁に電話でやり取りしながらインターネットを利用するなどという使い方をされる場合は話は別である。

ボトルネックはパソコンか?

 ADSLは下り1.5Mビット/秒でつながっているものの,実際のインターネット・アクセスのスループットは最大でも500kビット/秒に届かない程度である。これは,計測用のWebサイトにアクセスしてみた結果である(これらのサイトについては末尾のリンクを参照)。これらのサイトには,多くのADSLユーザーから計測結果が寄せられており,あくまで参考ではあるが役に立つ。どうやら私の場合は,同じADSL事業者とプロバイダの組み合わせのユーザーの平均的な値よりも遅いようだ。

 これを遅いと見るか,64kのPHS(私の場合,前述の計測サイトで約40kビット/秒のスループットでアクセスしている)の10倍以上と見るかで,評価は分かれれるだろう。もちろん,ダイヤルアップに比べてWebアクセスは確実に快適になったし,メールもほぼリアルタイムで受信できるようになった。同じアクセス時間であっても,64kの頃に比べるとアクセスするサイトの数が増えるなど,インターネット利用の密度が濃くなったと感じている。

 ADLSの導入によって見えてきた事実もある。アクセス回線がADSLになっただけで,プロバイダもWebサーバーも私のパソコンも変わってはいないのだから,これまで遅いアクセス回線のおかげで隠蔽されていたボトルネックがはっきりしてきたのだ。PHSのスループットは約40kビット/秒で安定しているが,ADSLの方は二百数十kビット/秒から四百数十kビット/秒まで,短時間のうちにも大きく変動する。いずれにしても,1.5Mビット/秒のADSLの速度はまだ生かし切れていない。

 この原因はパソコンにあると,私はにらんでいる。使用中のパソコンは2年ほど前に購入したもの。文字や写真を中心とした普通のWebページへのアクセスや,メールのやりとりなどが主な用途であり,これまでは大きな不満はなかった。ところが,アクセス回線が速くなった途端に,同じような使い方であっても,とても遅く感じられるようになってしまった。

 ストリーム系などのヘビーなコンテンツにも気軽にアクセスできるようになったことも要因の一つだが,とにかく,このところパソコンの処理能力の不足を思い知らされている。逆にいうと64kというアクセス回線の速度は,パソコンやWebサーバーの処理速度の遅さを覆い隠し,遅いなりにバランスがとれているといえそうだ。

 ADSLやその他の高速/常時接続サービスがもっと広がれば,Webサーバーの処理速度が遅いサイトはすぐに飽きられるようになるだろう。インターネットでサービスを提供するサイトでは,客を放さないためにサーバー環境へのこれまで以上の投資が避けて通れない。そしてユーザーも,高速なマシンを購入したくなる。アクセス回線が速くなることがコンピュータ業界にとっては大きな経済効果につながる,というのがADSLを使ってみての実感である。米国で見られるDSLサービスとパソコンの抱き合わせ販売など,なかなか的を射ていると言えそうだ。

 コンテンツの面では,放送系のコンテンツやストリーム・コンテンツは,まだまだこれからという印象である。私の知る範囲ではあるが,1.5Mビット/秒の回線を生かしたコンテンツはまだ少ない。速くても300kビット/秒程度で符号化されたものにとどまっている。ニフティが10月から700kビット/秒のストリーム・コンテンツを提供する計画のようだが,これなどはパソコンの方にも相応の性能を要求することになるだろう。

 また,「ブロードバンドになれば,テレビと同じことがパソコンとインターネットで可能になる」とよくいわれる。しかし,これは一朝一夕には難しいのではないかというのが,私の実感だ。

 ネットワークの実効速度やパソコン/サーバーの処理速度が不足している,品質が十分ではないというような技術的な問題だけではない。テレビは,電波利用の既得権を持ったテレビ局を頂点とする,多くの人がかかわる大きな産業である。広告集稿などのビジネス・モデルも強固なものがある。そう簡単にはインターネットにシフトしてくることはないだろう。社会構造,産業構造は,技術だけではなかなか変わらないと思う。

 私もかつては,パソコンはテレビと変わらなくなるのではないかと考えていた。しかし,ストリーム系のコンテンツにアクセスできるようになって,これまでとはちょっと違った感覚を持ちつつある。

現実は“皆,けっこう苦労している”

 さて,私がADSLサービスの問題点について書くことに対して,「せっかくのADSLに水を差すな」といったご意見もあるようだが,苦労しているユーザーが多いのは現実である。もちろん,いたずらに不安をあおるような書き方や知識不足を正当化するような内容は問題だし,正確な情報が最も重要であるのは論を待たない。

 とはいえ,DSLユーザーの掲示板などを見ると,本当にいろいろな問題が発生しているのがよく分かる(これらの掲示板などについては末尾のリンクを参照)。

 例えば,回線収容替えなどの手を打ってもモデムと局のあいだで十分な速度が出ない,スプリッタからモデムまでの電話ケーブルを質の良いものに変更して,初めて満足できる速度が得られた,LANアダプタの機種によっては相性が悪い,原因不明で突然切れるあるいは遅くなる・・・。このように,やってみなければわかないことがたくさんあるという。

 そして,問題がいろいろあるにもかかわらず,ADSLはものすごい勢いでコモディティ化しつつある。郵政省のDSL利用者数の推移の発表によれば,2001年1月から2月にかけて急速に増え,1月までの累計の2倍以上に相当する3万4000回線に達したという。また,NTT東西地域会社の計画では,フレッツ・ADSL契約数は2002年3月に155万に達するという。

 このようにコモディティ化するからこそ,先行して利用しているユーザーは問題点をはっきりさせるべきだろうし,事業者もその指摘や問題点を真剣に受け止めて手を打って欲しい。掲示板などの存在すら知らない人たちも,ADSLを始めようとしているのだ。

 最近聞いたコモディティ化を象徴するような話を紹介して,今回の【記者の眼】を終わりにしよう。

 私の知人に70歳の未亡人がいる。彼女は最近パソコンを習い始めており,中古のWindows 98搭載のパソコンを買った。そして5月には,彼女の自宅がある地域でADSLサービスが始まる。

 「電話代がかからないと聞いたから,ぜひ利用したい」---。彼女にとっての初めてのネットワークは,ADSLによる高速/常時接続のインターネットなのである。こまめな電話の切断やテレホーダイの時間帯での利用,ファイルの圧縮や添付ファイルを大きくしない配慮など,回線が細くて高いことに起因する様々な工夫など,何も気にせずにインターネットを使い始めるのである。

 高速/常時接続は,ヘビー・ユーザーだけのものではない。ビギナーにとっては,インターネットの敷居を低くしてくれるもののようだ。

 まさに,少し前の本欄のタイトルに習えば,「老人もすなるADSL」という状況になってきたのだ(“すなる”は,紀貫之の土佐日記の冒頭の一節から引用した古語。「するところのものである」というような意)。

(田邊 俊雅=IT Pro副編集長)

注)前回の記事で,プロバイダの動的選択に言及した部分がありました。皆様のご指摘にもありましたが,NTT地域会社のフレッツ・ADSLにはその機能があります。新興事業者に向けた要望を,あたかも一般論であるかのような表現にしてしまったことをお詫びします。ただ,現状のようにメタルの加入者線に対するNTTと新興事業者の立場の違いがあるなかで,重要と思われる機能にNTTだけが提供するものがあるという競争の姿には少々疑問がある,と考えたための表現であったことをお断りしておきたいと思います。

◎関連リンク
郵政省のDSL普及状況公開ページ
■DSL関連の主な掲示板
 ・http://www80.tcup.com/8003/neko.html
 ・http://www.metallic.gr.jp/cgi-bin/tree/trees.cgi
 ・http://www.metallic.gr.jp/tmt/
■実効速度を計測できるページ
 ・http://catv.lib.net/speed/
 ・http://lucino.virtualave.net/speedtest.html

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