この2~3年,システム・エンジニアやプログラマなどのITプロフェッショナルが「うつ病」をはじめとした精神疾患にかかるケースが,再び増えているのではないか。そう思える話をよく耳にする。繁忙に沸くIT業界では仕事が多く,まじめな人ほど何とかこなそうと頑張る。しかしある日突然,何も手に付かなくなる・・・。そんなケースだ。

 筆者の知人にも,そういう人が何人かいる。SEのA氏は(25歳,男性)は,4年前に大手コンピュータ・メーカー系のソフト会社に就職。懸命に仕事をしてきたが,1年ほど前からうつ病と強迫性障害を患い,現在休職中である。

 A氏によると,きっかけは2年前の1999年3月末。自らがリーダーとなって関わっていたプロジェクトの開発期間が,突如1カ月に短縮されたことだったという。それまでは3カ月の想定で打ち合わせをしてきただけに,寝耳に水だった。A氏は反論したが,上司に「客先の都合で変えようがない。君しかいない,君ならばできる」と説得され,了承せざるを得なくなった。

 A氏が勤務する会社は大手の子会社だが,設立後数年の若い企業。20代のエンジニアが第一線で働いている。「自分から手を挙げれば,ドンドンやりたいことをやらせてくれるという点ではいい会社だ。しかし親会社から出向してきた営業社員や管理職は,システム開発の実際がよくわかっていない。そのため,我々エンジニアの目から見ると,無茶な仕事を請け負うことが多い。理論的に説得しようとしても,はなから聞いてもらえないこともしばしばだった」(A氏)。

 折しも会社はITブームの波に乗り,システム構築案件が急増していた。このため,A氏のプロジェクトからは有力なメンバーが外され,他のプロジェクトに回されるという問題もあった。

 A氏は3分の1の期間でプロジェクトを終わらせるために,朝こそ8時半出勤だが,夜は終電か泊まり,休日出勤は当たり前という生活が続いた。睡眠時間は少なく,通勤に1時間以上かかることもあって,せいぜい1日4時間~5時間程度だった。

 プロジェクトが終盤に近づいた4月末頃,A氏は「特に原因は思い当たらないが,なぜか“死んだら楽だな”と考えている自分に気が付くことが増えてきた」という。「生まれてこの方,自殺を考えたことなどまったくなかったのに,今から考えると本当に不思議だった」(A氏)。A氏は自殺願望と闘いながら,なんとかプロジェクトを終わらせた。この「自殺願望」は,うつ病の患者に良く見られる症状と言われる。

 その後しばらくは平穏な日々だったが,1999年暮れにこの症状が再発した。同時に複数のプロジェクトを担当していたのに加えて,西暦2000年問題の対策もあったからだ。「殺人的な仕事量で,寝たいのに寝られない。寝付いてもすぐ目が覚める。“死にたい”,“逃げたい”と思うときが何週間も続いた」(A氏)。

 年が明けても仕事量は減ることがなかった。さすがに体が参りかけた2000年の5月末,自ら意を決して自宅近くにある心療内科の戸を叩いた・・・。

 A氏と同様に“死にたい”とまで思う人は決して多くないだろう。しかしA氏のことを,「人ごとではない」と感じた方は少なくないのではないだろうか。

 激務が続いたためうつ病で休職せざるを得ず,ごく最近退社した元SE,B氏(30歳)はこう語る。「成果主義の人事評価制度が数年前に導入され,同期の連中も後輩もひたすら頑張っている。自分も遅れないように精一杯やってきたが,ある時から,緊張の糸が切れたようになって頭も体も動かなくなってしまった」。

 実は「ITプロフェッショナルの心の病」は,1980年代末から90年代初めのバブル期にも問題になったことがある。厳しい納期,長時間労働,顧客や営業部門との交渉など人間関係の難しさなどがその原因と言われた。現在はそれに,急激に変化する情報技術への対応や,実力主義の評価制度が新たなプレッシャーとなってのしかかる。

  その結果,最近では心の病にかかる人が増えてきているという意見が多い。「きちんとした統計はないが,うつ病などの疾患をかかえて精神科の戸を叩くITエンジニアは,確実に増えている」(成城墨岡クリニックの墨岡孝院長)という。

 このまま放置しておいてよいわけはない。記者の周りにはさすがにいないが,うわさ話レベルでは「あるソフト会社で自殺者が出た」という話はよく聞く。IT企業は,社員こそが唯一かつ最大の資産である。人を大事にしない企業は滅びる。激しい競争にさらされているIT業界は今こそ,ITプロフェッショナルの心身の健康問題に眼を向けるべきだろう。

(高下 義弘=日経コンピュータ)

 なお日経コンピュータでは,この問題に関する調査を下記のURLで実施中です。IT Pro読者の方々の声を,是非お聞かせ下さい。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/NC/research/2001/1/