米Apple Computerの生き残りの鍵を握る次世代OS「Mac OS X(テン)」の出荷日が迫ってきた。3月24日(土曜日),時差の関係で日本が世界で最も先に出荷されることとなる。

 Mac OS Xは,カーネル部分に米Carnegie Mellon(カーネギーメロン)大学で開発されたMach 3.0を採用,その周辺に4.4BSD(Berkeley Software Distribution)に基づいた各種OSサービスやネットワーキング機能を統合したOS基盤を持つ。この部分は「Darwin」とも呼ばれ,オープンソースとして全ソースコードがWWWサイトで公開されており,ソフトウエア技術に興味のあるものにとって,実に貴重な世界を形作っている。

 Mac OS Xは,さらにその上にPDFを基本とした描画システム,旧Mac OS用ソフト実行環境(Classic)やネイティブのアプリケーション実行環境(Cocoa)などを組み込み,立体感と透明度をふんだんに盛り込んだ「アクア(Aqua)」と呼ぶユーザ・インタフェース構築部品を揃えたものが基本をなしている。

 ソフトウエア工学的に言うと,Machはマイクロカーネルを初めて実装したUNIXである点で,極めて重要な意味を持つ。そうした孤高のOSが,ごくごく一般のユーザーの手にわたるという点で実に画期的なことである。

UNIXを継承するOSのなかで最も注目に値する

 UNIXの哲学をもとに新しいOSを開発する努力が数多くなされてきた。そのなかでも最も成功した例のひとつがMachである。かつて,Mach2.5ベースで作られ,市場に投入された製品にOSF/1やNextStep〔後のOpenStep)がある。しかし,今度は年間で数百万台売られるマシンに標準装備され,今夏以降は一般ユーザーの手にわたるのだ。

 そもそもUNIXの誕生は,1969年にベル研究所でそれまで続けられていたマルチユーザ・オペレーティング・システムのプロジェクト「Multics」が解消されたことに端を発する。あきらめきれない主要開発者たちは,その後もプログラミングを続け,Digital Equipment Corp.製の小さな中古コンピュータ「PDP-7」上で動くUNIXが生まれた。

 翌1970年に,UNIXはPDP-11の上に移植され,B言語(その後C言語に発展する)やネットワーク・オペレーティング機能を追加して発展していくこととなる。ちょうどその頃,情報工学を大学で学んだ私たちは,ソースコードをプリントアウトした紙の山に埋もれて,OSの何たるかを必死で勉強したものだ。そういう人間にとって,Machが手元で自由に触れるのは,天にも上るような気分である。

開発キットを手に入れるともっと面白い
 
 さらに面白いのは,NeXTを直系の親に持つ開発環境だ。3月24日発売のパッケージには同梱されてはいないが,開発者向けのパッケージが別にある。こちらには大きなアプリケーション開発プロジェクトを管理する「Project Builder」,ユーザ・インタフェースをGUIで作り込める「Interface Builder」などが用意されており,オブジェクト指向型プログラミングの粋を味わうことができる。

 現在のところ,一般への配布方法や価格は決まっていないが,年間500ドル(学生は99ドル)で開発者契約を行うと,こうした開発キット一式が手に入る。

 Macintoshで弱かったJava開発環境が,これで一気にJava2の世界に引き上げられる。しかもUNIX使いにとっては,BSDに直接触ったC,C++,JavaでのUNIXプログラミングの世界が広がる。これからは各種言語を勉強するのに,Macintoshが最もスマートなプラットフォームになりそうだ。

 2歳の子供が初めて触るパソコンがUNIXだなんて,いやあ,実に楽しい世の中になったもんだ。

(林 伸夫=パソコン局主席編集委員)