世界の工場として注目される中国だが,パソコンの世界でもその存在感が急速に増している。台湾から中国への工場移転が猛烈なスピードで進んでいるのだ。

 台湾Institute for Information Industryの調べによると世界のパソコン関連製品のうち,台湾での生産比率は1996年の67.9%から1999年には53.0%に低下し,逆に中国の比率は16.8%から33.0%に上がった。

 中国の存在が大きくなる理由は二つある。一つはもちろんコスト。作業員の給与は時給にして30円~50円,1カ月で約1万円と台湾の1/10だ。ここまでコストに差がつけば工場の移転は止めようもない。

台湾以上に品質が高い中国での生産

 もう一つは,にわかには信じられないかもしれないが品質である。コストが1/10なので品質管理向けに要員を採用できる。例えば中国では,パソコンの出荷時に全量を検査することが普通だ。これだけでも,抜き打ち検査が大半だった台湾に比べて品質が圧倒的に高くなる。

 人材面でも担保はある。パソコン工場が多い深せんの従業員は周辺の農村部から採用するが,中国政府の試験に合格する必要がある。合格者には工場で働く権利と同時に,働くあいだは深せん地区への出入りが認められる。これだけでも大きな特権なのだ。工場で働くのは3年程度に限られるという。ただし,そのなかで成績優秀な数人には,さらに工場で働く権利と深せんへの永住権が与えられる。

 中国の躍進でまず大きな影響を受けるのが台湾である。台湾は世界のパソコン工場としての役割を担ってきたが,空洞化が目前に迫ってきた。

台湾も対抗措置

 こうした状況に,台湾も手を打ち始めた。台湾が力を入れているのは,パソコンの新機能を実現するための技術開発力を持っている企業を誘致すること。こういった技術を持つ企業,特に米国からの企業進出に関しては,審査を早めたり税制面で優遇措置を設けるなど,空洞化を避けようと必死だ。

 たとえば,BluetoothコントローラLSIと組み合わせて使うソフトウエア(ハードウエアを直接動かすプログラム,ファームウエアとも呼ばれる)を開発できる企業の誘致に焦点を当てる。高速な信号をやり取りするBluetoothのファームウエアは,高周波のアナログ回路や,複雑な例外処理を伴う通信技術とパソコン技術の両方に強いエンジニアでなければ開発できない。

 こうしたソフトは最終的に,パソコンならマザーボードに実装されるが,従来は台湾のメーカーの頭越しに開発されていた。パソコン・メーカーがソフト開発会社と直接打ち合わせをして,個別にカスタマイズして仕様を決めてきた。マザーボードを手掛ける台湾メーカーに出番はなかった。しかし台湾はいま,こういった部分の開発も台湾で済ませ,確実に動くマザーボードの開発を台湾のなかで完結させようとしているのだ。

 ソフト開発会社にとってもチャンスである。これまでは個々のパソコン・メーカーと打ち合わせてカスタマイズする必要があったが,台湾なら場合によっては1回の打ち合わせで,台湾で作るすべてのパソコンに採用されることも可能になる。

 実際,台湾に進出したあるソフト開発会社のトップは,「台湾のメーカー同士は非常に仲がよい。台湾に進出して1社と取引を始めると,いつの間にか全部に取引が広がっている。労せずして多くのパソコン・メーカーに採用されることになる」と語る。

 ただし,これでまた日本の技術開発力が弱体化することは避けられない。たとえば,日本のパソコン・メーカーで「Bluetooth」を動かすファームウエアを自作しているところはほとんどない。開発しているのは小さな企業である。こうした小さな企業の台湾への移転が進めば,日本で開発するものがますます減っていくのは避けられない。

(渡辺 洋之=日経パソコン編集長)

※日経マーケット・アクセス3月号より転載しました。