「動かないコンピュータ」が増えている。

 動かないコンピュータとは,かつて日経コンピュータで掲載していたコラムの名前で,情報システムを巡るトラブルを意味する。例えば,情報システムの構築プロジェクトが大きく遅れたり,途中で打ち切りになる。稼働させたシステムがダウンしたり,誤った処理結果を出してしまう。これらが,「当初の計画通りに動かないコンピュータ」だ。

 動かないコンピュータと呼べる事例が増えてきたというのは,記者の日頃の取材活動を通じて得た感触である。ユーザー企業やベンダー企業で取材後の雑談をしていると,「知っていますか。○○さんのシステムがまだ完成しない」「A社はこのあいだの開発プロジェクトで数十億円の穴をあけたらしい」という話が飛び出してくる。機会があればしっかりした調査をして,動かないコンピュータの増加をデータで裏付けてみたいと思う。

 動かないコンピュータが増えている理由をあれこれ考えてみた。いささか乱暴に総括すると,「ユーザー企業の経営者が中途半端に情報化に積極的になった」ことが原因と思う。「IT革命」という意味不明の言葉が飛び交うようになり,多くの経営者が「IT革命への対応が当社にとって緊急課題」などと,さらに意味不明の発言をするようになった。

 残念ながら,経営とITの位置付けがしっかり頭に入っている経営者はまだそう多くはない。中途半端とはそういう意味である。よく分からないまま,「とにかくITだ」と号令をかけて,プロジェクトを始めるから,後で火事になる。

 よくある失敗パターンは,情報システム部門を外してプロジェクトを進める企業である。突然,ITに目覚めた経営者は,「うちのシステム部門は何を言っても,否定的な応対をする。新システムを作るのだから,いっそのこと外部の会社に全面的に頼もう」と考えがちだ。

 しかし,情報システムの再構築は,その企業のことを相当にわかった人が参画しないとなかなかうまくいかない。情報システムは,その企業の神経系統であり,長年の経営手法が染みついているからだ。最近は海外製のパッケージ・ソフトを使って,基幹系システムを再構築しようとするプロジェクトが多く,事態をさらに難しくしている。

 プロジェクトからシステム部門を外してしまう理由の一つとして,インターネットを使うWebの普及がある。システム部門はWebシステムの開発経験があまりないうえに,基幹系システムのお守りで精一杯であることが多い。勢い,経営者は外部のインテグレータなどにWebシステムの開発を委託しがちだ。

 Webサイトは見た目だけ見ると簡単そうだが,ここでビジネスをしようと思うと相当にやっかいな代物である。まず,そもそもWebを使ってどんなビジネスをするかというアイデアがなかなか出ない。曖昧なアイデアと曖昧なシステム仕様のまま,開発を始めてしまうと完成間近になって,「やはりこうしたい」という変更要求が次々に出てくる。Webを使うプロジェクトの開発期間は3カ月前後と短いから,すぐに納期遅れや開発費の超過といった事態になる。

 Webシステムを基幹系システムに接続するようなプロジェクトになるとさらにやっかいである。基幹系システムそのものにも手を入れることになるからだ。そうなるとシステム部門がよほどしっかりしていないとプロジェクトはうまくいかない,

 Webシステムは外部に開かれたシステムである。システムに問題が出ると,Webへ商品を買いに来た顧客にすぐ分かってしまう。従来の社内に閉じたシステムであれば,トラブルが起きてもなかなか表沙汰にならなかったが,Webシステムのトラブルは隠せない。

 ところで,日経コンピュータのコラムの「動かないコンピュータ」は,1996年末で掲載を打ち切った。日経コンピュータ創刊以来の人気コラムだったにも関わらず止めてしまったのは,一定以上の質の記事を定期的に掲載することが困難になったからである。かつての毎号掲載が,隔号になり,連載末期は3号に1回掲載するのがやっとの状態だった。

 なぜ困難になったかというと,正真正銘の動かないコンピュータがなかなか見いだせなくなったからだ。1980年代前半に掲載されていた動かないコンピュータは,中小企業におけるオフコンの導入失敗の事例が中心だった。記者もある中小企業を取材し,事務所の片隅に置かれ,まったく使われていないオフコンを見たことがある。

 1990年代に入って,こうした事例は減ったと思う。オフコン・ディーラやインテグレータにシステム構築ノウハウがそれなりにたまってきた。パソコンが普及して,ユーザー企業のなかにコンピュータがあることが当たり前になり,ユーザーのなかにもコンピュータがわかる人材が増えてきたことも影響しただろう。

 日経コンピュータが動かないコンピュータを封印して丸4年が経過した。ここにきて状況が変わってきた。冒頭に述べた通り,動かないコンピュータが増加していると判断,2001年から封印を解くことにした。2001年から連載を始めた新コラム「誤算の検証」がそれである。

(谷島 宣之=日経コンピュータ副編集長)