米Microsoft社と米司法省のあいだで争われている反トラスト法(米国の独占禁止法)訴訟の控訴審が米国時間2月26日に始まった。「Microsoftの分割問題」など話題に事欠かない裁判である。ここしばらくは,IT業界の注目を集めることになるだろう。

 さて筆者が身を置く出版業界でも,この裁判への関心は高い。実際米国では,「Microsoft対司法省」裁判を扱った書籍が相次いで出版されている。今回の記者の眼では,IT業界の今後の行方を占ううえで重要な意味を持つこの裁判について,書籍の側面からながめてみたい。

息詰まる法廷ドラマとして克明に再現

 最初の1冊は,"World War 3.0: Microsoft and its Enemies"(Ken Auletta著,Random House)である。

 今回の裁判(一審)を息詰まる法廷ドラマとして克明に再現した本で,約450ページと分量も多い。Bill Gates氏,裁判を担当した連邦地裁のThomas Penfield Jackson判事,司法省とMicrosoft社両陣営の弁護人といった当事者たちの人物像にも,多くのページを割いている。今回の裁判をよく理解するには,関係者のパーソナリティを知ることが重要なためだろう。

 かたくなで大人の振るまいができないMicrosoft社の企業文化。強い正義感と昔かたぎの道徳観念の持ち主であるJackson判事---この両者の対立軸が構図として用いられている。企業社会のモラルという側面で今回のケースが裁かれたことが理解できる。Gates氏をはじめとするMicrosoft社の首脳陣による,公的な席上での大人げない言動を,著者はかなり意図的に強調している。

 本の終盤では,裁判を担当したJackson判事が著者のインタビューに答えて,分割命令という大胆な判決を下した真意を赤裸々に告白している。この部分は,非常に興味深く読める。Microsoft社への批判や控訴審の見通しに関して,判事自身のかなり衝撃的な発言も掲載されている。

ハイテク業界からの視点で裁判を斬る

 2冊目は,"Pride Before the Fall: The Trial of Bill Gates and the End of the Microsoft Age"(John Heilemann著,Harper Collins)。

 公判の経緯を詳細に知るというより,訴訟の背景であるハイテク業界の勢力地図を理解するのに格好の書籍である。舞台裏で反Microsoftのどのような動きがあり,それが裁判にどう影響していったか,Microsoft側がどう対応したかといった点を,有名無名の多数の関係者たちの証言を交えながら非常にリアルなタッチで描いている。250ページ程度と分量は少ないが,読み物としてよくまとまった良書である。

 裁判の終了後,本書の著者はすでにCEOの座を退いていたGates氏と会見している。Microsoft社の正義を露ほども疑わず,「消費者の利益」という信念を繰り返す,見方によっては無邪気ともとれるGates氏の言葉が印象に残る。

 Microsoft社の分割という1審の判決内容は,2審で見直される公算がかなり高いと言われている。しかしMicrosoft社に有罪判決が下ったという事実は残る。企業イメージや社員のモチベーションの面で同社は大きな傷を受けたことは間違いない。

 Gates氏も,今回の裁判で一種のトラウマを背負ったかもしれない。この結果を招いたものをつきつめると,企業社会で成熟した大人としての振るまいができなかったGates氏の性格,そして同氏に代表されるMicrosoft社の“超”攻撃的な企業文化に行きあたる,という見方で上記2冊の本は共通している。

時系列的に整理された資料的な価値のある書

 "U.S. v. Microsoft: The Inside Story of the Landmark Case"(Joel Brinkley,Steve Lohr著,McGraw-Hill)は,この裁判をずっと追いかけてきたNew York Times紙の記者が執筆した書である。同紙に掲載した一連の記事に,若干の解説を付け加えて1冊の本にした。目新しい内容はあまりないが,時系列で今回の裁判の過程を理解するのに役立つ。

 約350ページとかなりのボリュームがあり,資料的な価値が高い。主要な記事を集大成しただけで分厚い本ができることからも,この「世紀の裁判」が米国でいかに世間の注目を集め,詳細に報道されていたかがわかる。

 最後に2冊挙げる。いずれもMicrosoft社のケースに反トラスト法を適用することの是非を,経済学者の視点で論じた本である。どちらもMicrosoft社側の主張を支持する内容になっている。

・"Trust on Trial: How the Microsoft Case is Reframing the Rules of Competition"(Richard B. McKenzie著,Perseus Pr.)
・"Winner, Losers, & Microsoft: Competition and Antitrust in High Technology"(Stephen E. Margolis,Stanley J. Liebowitz,Stan Liebowitz著,Independent Inst.)

 控訴審でどのような判断が示されるか分からないが,「Microsoft対司法省」が歴史に残る裁判となるのは確かだ。将来においてIT業界を振り返るときに,必ず引き合いに出される出来事となろう。興味ある読者の方は,上記のような書籍を一度お手にとってみられてはいかがだろうか。

(鈴木 亨=出版局編集第一部主任編集委員)