携帯電話機が,ユーザーのポケットからカバンのなかに移動する。現在は携帯電話に一体化している通話やデータ通信の機能を別々の機器で実現し,ユーザーは用途に応じて使い分けるようになる----。こんな使い方がそう遠くない未来に可能になりそうだ。

 NTTドコモの「iモード」などブラウザフォンは,携帯電話機に通話以外のブラウザやメーラーの機能を組み込むことで成功した。しかし,この成功をふまえた逆の動き,つまり携帯電話に一体化しているさまざまな機能を携帯電話から“取り外してしまおう”という動きがある。

 これを可能にしたのがBluetoothだ。携帯電話やPHSの周辺でBluetoothを実装した機器が,ここ数カ月に相次いでお目見えしている。

 例えば2000年10月の情報通信・映像分野の総合展示会「CEATEC JAPAN 2000」では,ツーカー・グループが携帯電話とBluetoothでつなぐワイヤレス・ヘッドセットの試作機をデモした。この機器があれば,ハンズフリーで,つまり手ぶらで通話ができる。

 さらに,この4月にもDDIポケットのPHSにつなぐBluetoothモジュールが登場する。Bluetoothカードをパソコンに差し込み,PHSに専用モジュールを装着すれば,パソコン単体から移動体ネットワークにアクセスできるようになる。

 こうした動きが進んでいるのは,現在の携帯電話のサイズが,“帯に短し,たすきに長し”だからだ。一つはインターネット端末としての「小ささ」。本体のボタンを使うだけでは,文字の入力に手間がかかる。ショート・メッセージ程度なら何とかなっても,ビジネス文書を入力するのは酷というものだ。

 画像の表示エリアも小さいため,コンテンツの表現力には限界がある。5月から始まる第3世代移動通信システム「IMT-2000」でネットワークが高速化してモバイル向けの動画配信サービスが拡大しても,このままのディスプレイ・サイズで動画を見るのは厳しい。

 もう一つは通話端末としての「大きさ」。いくら小さくなったといっても通話のためには,ユーザーの片手を塞いでしまう。両手がふさがっているような場面で使う不便さは否めない。

 これがBluetoothで,特定の機能だけを端末に切り出す構成にすれば,問題は解決する。通話機能は,マイク付きのヘッドセット端末にBluetoothで音声データを飛ばせばよい。小型化が進めば,通信機能をバッジ程度のサイズにして,常に胸に装着することもできるだろう。

 インターネット端末としての機能はPDAなどに持たせる。画面が大きくなる分,コンテンツの表現力は格段に豊かになる。画面が大きくなれば動画の迫力も増すだろう。文字の入力はぐんと楽になる。実際,PDAが携帯電話のデータ通信機能を取り込む動きが活発になっている。たとえば最大手の米パームは2月に,同社のPDA「Palm」につなぐBluetooth通信用モジュールを用意すると発表した。

 このときBluetoothを組み込んだ携帯電話は,ユーザーが操作するヘッドセットやPDAなどと携帯電話ネットワークのゲートウエイとなる。両方の電波を送受信できれば,携帯電話はカバンのなかにあっても何ら問題ない。

 と,ここまで明るい未来を書いてきた。しかし携帯電話事業者からみると,以上のような状況は大きな問題をはらんでいる。今は音声が主流の携帯電話ネットワークのトラフィックも,いずれデータ通信が音声を追い抜くと予想される。そのため,携帯電話事業者はデータ通信を重視している。しかし,携帯電話機にBluetoothを実装すると,事業者のビジネスを著しく阻害しかねないのだ。

 Bluetoothによって,データ通信とデータ処理の機能を受け持つ機器を分けられるようになると,ユーザーはデータ伝送のためのネットワークを自由に選べるようになる。PDAが単独でブラウザなどの機能を備えたときに,情報をダウンロードするために使うネットワークの選択肢が広がる。携帯電話ネットワークを使うのは,移動中だけといった使い方が普通になるかもしれない。それ以外は,例えばPDAから自分のパソコン経由で会社のネットワークにアクセスし,情報をダウンロードすればよい。つまり,携帯電話事業者が手にする通信料が減る可能性があるのだ。

 このような事態に備えて携帯電話事業者は,PDAなどに内蔵できるデータ通信専用の機器を開発している。さらに電話番号や加入者IDなどの情報を書き込んだICチップをPDAに差し込むことで,一つの契約で複数の端末に通信機能を持たせることも可能にした。これはいわば携帯電話機から飛び出した機能を,携帯電話ネットワークに引き戻す動きだ。ただこうした製品もユーザーに,複数の契約を結んだり,いちいちICチップを差し替えたりする手間を強いる。

 iモード端末に携帯電話とインターネット端末を一体化したことで,NTTドコモのデータ伝送収入は大幅に拡大した。2000年11月に発表した中間決済によると,iモードのパケット通信料だけで1133億円を稼ぎ出している。この収益は,IMT-2000の開始でいっそう伸びるだろう。しかし,Bluetoothによって携帯電話機本体からインターネット接続機能が取り外されることになると,せっかく携帯電話ネットワークに集めたトラフィックが,別のネットワークに流れかねない。

 今後事業者は,ユーザーの利便性とデータ通信による収益を考えつつ,Bluetoothへの対応を考える必要に迫られそうだ。

(松本 敏明=日経コミュニケーション 副編集長兼編集委員)