マクロ経済のトレンドいえば,米国は明確に「景気後退」のフェーズに突入している。ただし,マクロなトレンドと,個別の地域や企業で起こっているミクロな動きとは必ずしも連動しない。「IT関連ビジネス」という 1 セクターを取り上げたとしても,きちんとデータを検証すると直観とは異なる様相が次から次へと引き出せるのである。

 例えば90年代後半の“米国IT景気”は,インターネットがリードした印象がある。それは間違った解釈ではないが,企業業績などをよくよく検証すると,実際には「パソコンが稼いだ」と見た方が正しそうだ。“株式の時価総額”という虚の財でなく,“売上高”という実の財で1兆円企業が林立したのは,パソコン産業なのである。

 インターネットが実の財を産み出すのは,どう見ても「これから」。そうなると「ドットコム・ブーム」とは一体なんだったのかという疑問が湧く。

 これに対する回答も,データを分析すると一目瞭然だ。いわゆるドットコム企業の誕生数や盛衰を精査してみると,強烈な印象にもかかわらず,その過熱期間は99年の年初から2000年はじめにかけての1年に過ぎなかったことが分かる。そこで起こっていたことは,泡沫企業の乱立と株式市場(未公開企業の株式を含め)への資金の集中だったのだ。

 米Yahoo! ,米Amazon.com,米eBayといった企業は,ブームのリード役のように位置付けられていた。しかしそれらの企業の「経営歴」を調べてみると,ドットコム企業とは明らかに異なる実態が見えてくる。

 まずこれら3社は,ブームの前に創業した企業である。そしてある種地道な経営を続けてきており,Amazon.comを除けば「黒字を生み出す」という当たり前の原則が実現できるように運営されていた。Amazon.comも,米国内市場に限れば2000年第2四半期から黒字に転じている。

 だからと言って,これらの企業が「生き残った」と結論できるわけでもない。

 先に挙げた3社の売上高を合算しても,せいぜい5000億円程度。メディアや小売り市場でのシェアで見れば,まだまだヨチヨチ歩きの段階に過ぎない。

 米国の2000年は,伝統的企業が大転換を遂げ始めた年だった。米America Onlineと米Time Warnerの合併は,新興企業と伝統企業の融合という点で注目を集めた。しかしそこには,新たな時代の到来を予感させる別の側面もある。穀物メジャー,石油メジャー,電力・ガスといった伝統的インフラ産業でも,巨大な電子商取引市場を運営するジョイント・ベンチャーが形成されている。こうした「伝統的新興勢力」と「純粋新興勢力」とが,これから噛み合うことになる。

 そして---ここが大事なところだが---,ドットコム・ブームのなかで生まれては消えていった新しい発想のビジネスの多くが,ブームのときよりはずっと洗練された形で再登場して定着するのだ。ブーム冷却で立ち行かなくなったビジネスのなかには,冷静に見て「早過ぎた」事例が数々ある。時機を得れば,失敗の経験は生きる。

 米国のプロフェッショナルたちは,こうした動向を見逃していない。

 例えばベンチャー・キャピタリスト(VC)のなかには,非常に興味深い動きをしているところがある。通信システムの米Juniper Networksを仕掛けて大成功させたInstitutional Venture Partners(日本では一般に知られていないかもしれないが,米国ではトップ中のトップに近い)というVCは,98年に新規投資を凍結し,株式市場がブームに湧く最中は「次の資金集め」に専念していた。それが今年から,「純粋な新規事業対象」に数億ドルの投資を再開する。

 マクロな統計を見る限り,米国のVC投資ははっきりと減少傾向にある。ところが,同じVCでもトップに絞って突っ込んだ話を聞いてみると,投資意欲が衰えていないばかりか,より先鋭的な姿勢に転じていることがわかる。

 彼らの目がとらえようとしているのは,すでに「ポスト・インターネット」の事業機会だ。それらが日の目を見る3~5年先には,彼らは十分な利益を手にすることになる。そしておそらくその頃に「IT立国ニッポン」は,追撃しなければならない対象が増えたことに気がつく。

 さて,ここまで筆者は,非常にポジティブ(積極的)な書き方をしてきた。もちろん,これまで書いたことはいずれも事実だ。だが,事実には必ずネガティブ(消極的)な側面もある。正直なところ,記者としての筆者の現在の気持ちは,「いま米国で起こっている“ポジティブ(積極的)”な面も“ネガティブ(消極的)”な面も,どちらも正確に伝わっていない」というものだ。

 筆者らは過去1年余り,エマージング・ビジネス界という1点を集中的に見つめることで,米国ビジネス全体の構図を読み解くアプローチで報道を続けてきた。その経験から見えたのは,分厚いビジネス資源の蓄積のうえで回転し続けているスクラップ・アンド・ビルドの仕組みである。

 その仕組みから生み出される結果は,一瞬,単一方向のベクトルに乗っていたかと思うと,次の瞬間にはバラバラの方向へ向かって散り,再び,別の場所に新しい固まりを作って突出する。

 そうえば,米コンパック・コンピュータ会長兼CEO(最高経営責任者)のMichael D. Capellas(マイケル・カペラス)氏は,1月末にスイス・ダボスで開かれた「世界経済フォーラム年次総会」でこうコメントした。「変化は速く,仕事は複雑になる一方なので,5年間の長期計画などありえない」と。

(小口 日出彦=日経E-BIZ編集長)

■ 日経E-BIZは,米国の急成長ビジネスを扱う専門ニューズレターとして,この猛烈な変化のなかで,ポジティブな面もネガティブな面も合わせて報道している。最近,90年代後半の米国エマージング・ビジネス界を総括する別冊を発行した。興味のある方は,まずはホームページをご覧頂きたい。