「デジタル化を機に地上波放送は,基幹メディアの看板を下ろすのではないか」----。2001年2月9日,今通常国会に提出された電波法改正案の内容を見て,瞬間的にこのような考えが浮かんだ。地上波放送のデジタル化を推進するために総務省が作成した今回の改正案に,現行のアナログ地上波放送を10年後に強制的に終了させることが明記されていたからである。

 1996年にデジタルCS放送が登場し,2000年12月にデジタルBS放送が始まっても,地上波放送は依然として基幹メディアの座を守っている。基幹メディアとは,「だれでもいつでも,安いコストでアクセスできる」メディアのことだ。

 NHKの場合は放送法で受信料の支払いが義務付けられているが,民放各社のチャンネルは無料で視聴できる。日本全国の4000万世帯以上に普及している現行のアナログ地上波放送は,まさに基幹メディアといえる。ところが,今回の電波法の改正法が成立すると,基幹メディアであるアナログ地上波放送は,2011年中に見ることができなくなってしまう。なぜ,このような法案が出てきたのか。

アナログ放送の強制終了は,電波利用料投入の交換条件

 デジタル地上波放送では,UHF帯の周波数の一部を使用する。例えば関東広域圏(関東甲信越地方)では,第21~第28チャンネルの八つの周波数を,デジタル放送で使うことになっている。

 これらの周波数をアナログ地上波放送で使用している地域では,デジタル放送が始まるまでに別の周波数に変更しなければならない。このようなデジタル地上波放送用の周波数を確保するための「アナログ放送用周波数の変更対策」は,全国の約246万世帯で必要になり,対策費用は約852億円に達するという。

 この対策費用の大半を総務省は,携帯電話事業者などから徴収している「電波利用料」で賄おうと考えている。今回の電波法改正案も,それを可能にするためのものである。

 アナログ放送用周波数の変更対策に電波利用料を投入するための条件の一つとして改正案に,「アナログ地上波放送は,周波数変更対策の手続き開始から10年で終了させる」という項目を盛り込んだ。制度整備が順調に進めば,総務省は2001年夏から秋をメドに,周波数変更対策の手続きを開始する。そのため2011年中には,アナログ放送が終了する計算になる。

 電波法改正案を作成した総務省や,それを閣議決定した政府の言い分は,「電波利用料という国費を投入するからには,まず期限を決めてデジタル化を確実に完了する必要がある。その上で,余った周波数を携帯電話事業者などに使わせれば,電波利用料を支払っている事業者にメリットを与えることもできる」ということだ。

 しかしこうした言い分には,アナログ地上波放送の視聴者保護という視点が抜け落ちているようだ。

 郵政省(現総務省)の「地上デジタル放送懇談会」が1998年10月に発表した報告書では,「デジタル放送の世帯普及率が85%以上に達していることをメドに,アナログ放送を終了する」となっていた。「残り15%のアナログ放送の視聴者をどうするのか」という問題はあるが,それでも「デジタル放送がかなり普及しないと,アナログ放送は終了させない」というのが,これまでの総務省の考え方だった。

 しかし今回の電波法改正案では,アナログ放送を終了する時点のデジタル放送の普及率は問題にしていない。2011年にデジタル放送が50%しか普及していなくても,強制的にアナログ放送を終了させることができる。

アナログ地上波放送の視聴者保護対策は必要ないのか

 ディレク・ティービー(ディレクTV)が運営していたディジタルCS放送「DIRECTV JAPAN」が2000年9月末に終了した際に,総務省はディレクTVと「SKY PerfecTV!」を運営するスカイパーフェクト・コミュニケーションズに対して,DIRECTV JAPANの視聴者保護対策を要請した。その結果,両社はDIRECTV JAPANの視聴者にSKY PerfecTV!用の受信機を無料で提供するといった対策を行い,DIRECTV JAPANの視聴者をSKY PerfecTV!に移行させた。

 視聴者がわずか20万件のDIRECTV JAPANの場合でも,ここまでの視聴者保護対策を行ったのである。これに対して,視聴者が4000万件を超えるアナログ地上波放送を,「法律で決まったから」という理由で,視聴者保護対策を講じないで強制的に終了してよいのか。

 アナログ地上波放送の終了時に,デジタル地上波放送が思ったほど普及していなかった場合はどうするのか。デジタル地上波放送を見ることができない視聴者は,その代わりにどこから必要な情報を手に入れればよいのか。

 「デジタル放送が普及していなくても構わない」というのであれば,もはや地上波放送は基幹メディアではなくなる。それでは地上波放送に代わって,何を基幹メディアに育てようとしているのか。

 こうした疑問に,総務省は直ちに答える必要がある。それができないのであれば,アナログ地上波放送は法律によって強制的に終了すべきではない。

(高田 隆=日経ニューメディア編集長)