今回の「記者の眼」はいつもと趣向の違う話題,つまりLSIと液晶ディスプレイの需給関係を取り上げたい。IT Proの読者の多くの方々に直接は関係しないと思うが,間接的には影響を受けているはずである。

 ご存知の方も多いと思うが,LSIや液晶ディスプレイは供給過剰と供給不足を繰り返してきている。IT(情報技術)を支える部材で,なぜいくたびも予測を見誤ることが起こるのか。今回は,この“不思議”について考えてみたい。

 ここで需要と供給の関係を一般消費財で考えるとわかりやすい。最近,コンビエンスストアの弁当がヒットしているようだが,仮にキンピラゴボウ入りの弁当が大ヒットしたとする。

 ゴボウは健康に良い,ダイエットにも効果的ということがテレビなどでも喧伝さる。そして,今後の成長市場だと誰もが確信するようになる。従来からゴボウを作っている農家は増産するが,需要増に対応できない。そこで今まで作ってきたダイコンなどのほかの野菜畑もゴボウの生産に替えようとする。ただすぐには増産できないので,市場では相変わらず飢餓感は強い。ゴボウの値段も上がる。

 コンビニ側は,新たなゴボウの調達先を確保しようと奔走する。少々余分に抱え込んでも,先々の需要の高さを考えたら消費できるだろうと考え,多くの生産農家に声をかける。先々の需要増が見込まれ,価格も上がっているので新規参入組も相次ぐ。コンビニ側も,従来ゴボウを作っていなかった農家にその成長性が高いことを強調するだろう。

 ところが,コンビニは各農家をコントロールしているわけではないので,各農家がゴボウを大量生産する時期が重なってしまう。さらには海外の巨大資本も参入してくるかもしれない。

 そうなると,このブームがどこまで続くかでこの話の結末は見えてくる。ゴボウ人気が永遠に続くとは思えない。ある程度の高値で取引されていたゴボウは一気に下落してしまう。生産農家が大損をするのは目に見えている。

 この寓話はかなり話を単純化しているが,これまでも何度かLSIや液晶ディスプレイで繰り返してきたパターンと同じような気がするが,どうだろうか。

機器側の言いなりにならない方が利口?

 成長市場ということで部品の供給不足が起こり,部品が高値で取引される。そこへおいしい市場だと部品メーカー各社がいっせいに参入し,同じような時期に設備投資をする。ところが設備投資した生産ラインがフル稼働するころにはブームは去っている,といった具合である。

 食べ物は人間の嗜好だし,人間の胃袋は限りあるのに対し,半導体や液晶が使われるIT関連機器では需要は限りなく大きいし,新しい応用分野も次々に作られているという反論もあるだろう。もちろん全く違う世界だと一蹴することもできるが,本質的には大きな差はないような気がしてならないのは筆者だけだろうか。

 たとえば,最近の携帯電話の異常な盛り上がりぶりを見ていると心配になってくる。昨年初めは携帯電話の部品不足がさかんに言われた。携帯電話は成長市場であることには違いない。われわれマスコミも盛んに書いた。年初の携帯電話機メーカーの生産計画を積み上げると5億台ともそれ以上とも言われた。

 当然部品は足りない。携帯電話機メーカーは部品確保しようと余分に発注するところも出てくる。そうなるとさらに需要は積み上がる。筆者が現在市場を見ている液晶ディスプレイでも部品不足が盛んに言われた。そのため各社は増産に走った。特にカラー液晶については,国内でも一気にカラー化が進んだこともあって参入する液晶メーカーが相次いだ。

 ところで,液晶ディスプレイは部品といってもそれを構成する部材がさらにある。液晶ディスプレイの需要が急増すると,当然,その構成部材やその製造装置も不足してしまう。液晶ディスプレイ・メーカーの生産ラインは増産に対応できるが部材が足りない。その結果,液晶ディスプレイが供給できないとも言われた。例えば,画面を駆動するドライバICが足りないとか,反射防止膜の装置がたりないなどなど,犯人探しが行われたりもした。

 ある液晶部品メーカーなどは自嘲ぎみに,「部品供給で最下位にだけははならないように気をつけている」と語っている。裏を返せば,足りないことは承知の上で生産しているということである。ただ,部品メーカーの立場から言えば,無理に投資してそっくり市場がなくなったら会社の存亡にかかわってしまう。むしろ,顧客のいいなりになって設備投資し,ラインが立ち上がったと思ったら供給過剰の状態で苦労するメーカーよりよほど賢いように思える。

 こうした部品の不足の影響か,実際にそれほど需要がなかったのは明確ではないが,昨年の携帯電話機の生産台数は日経マーケット・アクセスの推定では約4億3000万台となった。5億とかそれ以上といわれた台数に比較すると,7000万台から1億台も少ない。当初の生産計画通りに部品を生産できたとしたら大量に余ってしまっていた。そして,昨年末以来の米国経済の変調から,さらに今年は携帯電話の生産は下方修正されそうである。

結局は開き直るしかないのか・・・

 こうした供給不足や供給過剰を防ぐために最近では,長期供給契約を結ぶ動きがある。この2月には米IntelがドイツのSiemensと携帯電話向けのフラッシュ・メモリーについて3年間で20億ドル以上の契約を結んだと発表した。液晶ディスプレイ関係では,ノート・パソコンで米Dell Computerが韓国のSamsung Electronicsと長期供給契約を結んでいる。

 このような長期契約は,供給不足や供給過剰の対策としては,機器メーカー側にも部品メーカー側にも有効だろう。ただ,本当にこれが正しい方向かどうか判断が難しいところだ。機器側も部品側もその価格に縛られてしまうし,中小の機器メーカーではそうした対応は難しい。

 結局,IT技術が進化していっても先を予測できないのだから供給過剰と供給不足が起きるのは対処しようがないと開き直ることになる。その方が最終製品の値段は下がってエンド・ユーザーは幸せかもしれない。

 しかし,IT業界という情報技術を扱っている分野としては,なんとも暗澹(たん)たる気持ちにはなるのではないだろうか。

(中村 健=日経マーケット・アクセス編集委員)