今後10年で我々の生活はどのように変わるのか。筆者の所属する日経バイトが,世紀の変わり目に立てた企画である。

 コンピュータとネットワークは,今後10年で確実に進化していくだろう。各家庭に高速な回線が張り巡らされ,あらゆる機器に高速プロセサ(コンピュータ)が埋め込まれる。このインフラを活用して,どのような新サービスが創造されるかを考えてみたのである。

 未来を想像するにあたって,まずコンピュータ,電機,自動車,通信,放送業界の有力企業に話を聞いた。各社のビジョンを拝聴した後,必ず最後に「どんなことでも構いません。個人的に10年後,何が実現されていれば嬉しいですか」という質問をぶつけてみた。企業のビジョンだけでなく,個人のニーズを知ることで,より現実的な未来を描けるのではと考えたのである。

 ところが,この質問に即答する人はほとんどいなかった。ようやく聞けた答は,「安価な宇宙旅行」「自動運転で自宅から迎えにきたり,自宅まで戻る車」「ドラえもんのどこでもドア」・・・などなど。10年後と期間を限定した聞き方が悪かったのか,それともすでに生活が満ち足り,欲しいものがなくなりつつあるのか。確かに,自問してみても「10年後に欲しいもの」はなかなか出てこない。

 このようななか,取材を通して筆者が最も興味を覚えたのはロボットである。ロボットといっても,本田技研工業のASIMOのような自動歩行型の大型ロボットではない。ソニーのAIBOのようなペット的なロボットである。一般消費者が自動歩行型ロボットを利用できるまでには,まだまだ時間がかかるだろう。

 では,なぜペット・ロボットなのか。それは,今後登場する各種のサービスがユーザに浸透するうえで,ペット・ロボットが大きな役割を果たすのではないかと考えたからだ。

 今後生み出されるサービスが広く受け入れられるか否かは,ユーザ・インタフェースの出来が鍵を握ると筆者はみている。一般に,コンピュータやテレビ,AV機器は機能が豊富になるにつれて,操作が難しくなる。リモコンに数多くのボタンが搭載され,機械操作に不慣れなユーザは使いこなせなくなる。いくら便利なサービスが登場しても,使い勝手が悪ければ普及する可能性は低い。取材中に聞いた「ロボットはコンピュータと同じことをすべてできる」という言葉が,筆者にあるヒントを与えてくれた。

 例えば,現在のパソコン・レベルの音声認識機能をペット・ロボットに組み込んだらどうなるか。ペット・ロボットの良さは,その愛くるしさにある。ユーザが可愛がっているロボットなら,少々の間違いは許される。間違えた場合にも,愛嬌のある仕草で謝ることができる。

 人間の発する言葉を機械が完璧に理解することは難しいが,それによって起こる人間の苛立ちをロボットという愛くるしい“生き物”が抑えてくれるのではないか。音声認識が有効なユーザ・インタフェースの一つだったとしても,テレビやパソコンなどの無機質な機器が音声認識を行っている限り,幅広い普及は難しいと筆者はみる。誤認識が製品に対する不満に直結しかねないからだ。

 「ロボットに話しかければ,ロボットが無線などを使ってさまざまな機器を操作するようになる」。

 こう仮説を立てると,自分の生活のなかでいくつかの可能性が浮かんでくる。機械操作を毛嫌いする妻が,ロボットを介してメールで連絡をとったり,悩むことなくビデオの録画操作をできるようになるのではないか。体温計を極端に嫌がる我が家の3歳と1歳の子供が,ロボットになら喜んで応じるのではないか。テレビ電話のインフラが整えば,子供が嫌がることなくロボットに向き合い,ロボットが口内写真や気管支の音を送ることで,家にいながらビデオ診察を受けられるようになるのではないか・・・。

 いずれも他愛のないことだが,実現が難しそうなSFチックなことよりも,何故か未来を感じてしまうのである。

(藤田 憲治=日経バイト副編集長兼編集委員)