今,インターネットが急速に人々の生活に浸透し始めている。特に利用の進展が著しいのが女性層だ。少々古い数字で恐縮だが,アクセス メディア インターナショナルの2000年2月の調査によると,日本のインターネット利用者の性別構成比は男性72.1%,女性27.9%。女性比率は確実に伸びており,現状では3割を超えているものと思われる。

 男性=仕事利用,女性=個人利用と言う気は毛頭ないが,このような女性比率の向上は,男女ともにインターネットを個人的に利用する人々が急速に増えていることを表しているといえよう。特に,最近よく目にするNTTドコモの「iモード」などのインターネット対応携帯電話。携帯電話機の小さな液晶画面とボタンで,電子メールの文章を打っている人々が,街角で頻繁に見られるようになった。

 もちろん仕事利用の人もいるだろうが,多くは個人的な会話の類(たぐい)だと思われる。インターネットの電子メールが若い人を中心に生活の必須アイテムになりつつあるのだ。

 さて,このように電子メールなどの電子メディアによるコミュニケーションが人々の生活に浸透すると,いったいどのような変化が人々の生活に生じるのか? 今回は,この問題について少々考えてみたい。

人々の関係は希薄になるのか?

 日経コミュニケーションが昨年11月末に実施した「ブロードバンド・ネットワークに対する期待度調査」という電子メールを使った調査によると,ブロードバンド・ネットワークが人々の生活に行きわたった社会(ブロードバンド社会)では,「人と直接会って話す機会が減る」だろうと予想する回答が全体の41.8%を占めた。

 この回答は,「ブロードバンド社会で今よりも悪くなる点は?」という設問に対する回答であり,多くの人々は電子メールの普及によって,直接的な対人関係が減り,人とヒトとの関係が希薄になることを憂慮しているのが分かる。

 確かに,対人関係が希薄になる可能性はある。専門の精神科医も,「ブロードバンド社会では,人が他人に直接会うことに臆病になるかもしれない」(聖路加国際病院精神科の大平健部長)と指摘する。というのも,人とヒトが直接会うのは意外にも大きなストレスを伴う行為だからだ。電子メディアを手軽に利用できるようになれば,そのストレスを回避しようとする人が増えることは容易に予想できるというのである。

 しかし一方で,親しい間柄の人とのコミュニケーションはより深くなる可能性が高い。上記のように,携帯電話でいつでもどこでも電子メール交換ができるようになれば,頻繁な言葉のキャッチボールが可能になる。しかも電話と違って相手の都合に合わせて会話のやり取りを進められる。携帯電話の小さなボタンでは長い文章は書きづらいが,親しい人とのあいだのやり取りならば,時候の挨拶などは不要だ。

 全体的には人間関係が希薄になる可能性を否定できないが,個々人にとっては,電子メディアを使って,親しい人とより親密な関係を築くことが可能になる面の方がインパクトが大きいであろう。

 ところで,ここでいう親しい間柄の人間というのはどういった人のことだろうか?

 家族,恋人,職場の友人,学生時代からの友人,ご近所の人々・・・。ここまでは容易に想定できるが,将来,これらに確実に加わると思われるのは,「趣味や趣向を同じくする見知らぬ人々」である。

見知らぬ人の方が親密になれる?

 将来,こうした見知らぬ人々との人間関係が発展することを予想するのは,デジタルハリウッドの杉山知之校長。「昔のようにトータルの形で少数の人と交際するのは無理な時代に突入する。自分の趣味や趣向に合わせて,それぞれ別々の世界を形づくることになるだろう」というのだ。

 すでに,こうした兆候は表れ始めていると言える。インターネットには,同じ趣味の人や同じような境遇にある人同士の交流を支援するWebサイトがある。いわゆる「出会いサイト」と呼ばれるサイトの存在だ。

 その一つである「ご近所さんを探せ」は,リクルートの初期Webサイト「MixJuice」を立ち上げたメンバーがスピンアウトして立ち上げたベンチャー企業が中心となって運営しているサイト。運用の開始が95年7月という老舗で,登録会員はすでに80万近くに膨れ上がっている。

 もちろん出会いサイトには,男女の出会いだけを対象にして,売買春を助長するかのようなものも存在する。しかし健全な出会いサイトは,こうした反社会的な行為を助長するサイトとは一線を画す。ご近所さんを探せも,「ひわいな書き込みや暴力的表現があると他の書き込みも荒れてくる。怪しいものは警告を発したり削除したりしている」(管理人の山本高志氏)。

 同サイトの80万会員の男女比は,約7対3で男性が多いが,「最近の新規登録では女性が4割を超えている」(山本氏)という。これはインターネット全体の傾向と同じ。いかに普通の人々が,ネットに新しい友人を求めているかが分かる。

インターネットの匿名性は悪か?

 ただ現状の出会いサイトでは,いくつかのトラブルが発生していることも事実だ。女性会員に対してひわいなメールを送ったり,関係のないダイレクトメールなどを一方的に送り付けるユーザーがいるという。こうした迷惑会員は登録を削除して排除するしかないが,この方法はあまり効果がない。

 というのも,多くの出会いサイトはメール・アドレスでしか本人確認をしていないため,削除された会員が,無料のメール・サービスで別アドレスを取得して新規登録すれば,迷惑会員の再登録とは見破られないからだ。インターネットの匿名性が悪用されているのである。

 前述した日経コミュニケーションのアンケート調査でも,ブロードバンド社会で今よりも悪くなる点に,「ネットワークを使った犯罪が増える」ことを挙げた人が最も多く,その割合は73%に上った。トラブルや犯罪をできるだけ少なくするには,インターネットの匿名性を制限する方法が効果的。具体的には,メールを送る際に電子証明書を添付しなければならないようにしたり,電話の発信者番号通知のように,接続先のサイトに対して加入者情報の一部を公開するような仕組み作りが挙げられるだろう。

 しかし,インターネットから匿名による情報交換の場をすべてなくすことは現実的ではない。悩みごとの相談や不正の告発など,匿名だからこそ可能なコミュニケーションがあるからだ。先の出会いサイトも,匿名性を一切排除してしまうと,おそらく登録ユーザーは大幅に減ると思われる。犯罪行為を狙っているわけではなく,匿名だからこそ自分の本心をさらけ出したり,悩みごとを打ち明けたりして他者と交流することができると考えているユーザーがいるからだ。

 大事なことは,匿名では参加できないコミュニケーションの場と,匿名でも参加できる場を,インターネットにうまく混在させることである。

(安井 晴海=日経コミュニケーション副編集長 兼 編集委員)