「e-マーケットプレイス」--2000年にネット業界の流行語になった言葉である。総合商社や大手メーカーといった大企業だけでなく,中小の問屋やメーカーまで一斉にe-マーケットプレイス構築に走った。

 扱う商品も,鉄鋼や化学品といった重厚長大的なものから,文房具や衣料品のような日用品,野菜や切り花のような生鮮品まで多岐にわたっている。当初は米国企業が日本の大手企業と合弁会社を設立して運営に乗り出すケースが目立ったが,今や種々雑多に入り乱れ,いったい今いくつのe-マーケットプレイスがあるのか,正確には数えられないほど増えている。

 そもそもe-マーケットプレイスが注目を浴びたのは,ネット化による“中抜き”の象徴的な事例だったからである。中抜きとは,供給者と購入者のあいだに介在するいくつもの中間業者をバイパスすること。より低いコストで,安価に必要な材料や部品を調達できることを指す。ところが日本の場合,本来なら抜かれるべき中間業者である商社や卸までが,「中抜きされてなるものか」とばかり次々にe-マーケットプレイスを設立したために,事態はますます複雑化している。

 ただし現在のところ,活発に取引が行われているサイトは少ない。ある米国との合弁会社の社員は,「なかなか取引額が増えず,親会社の既存取引を無理矢理ネットに移している状態。米国の出資企業の取引額も停滞しているし・・・」と元気がない。他の商社系運営会社の社員も,「参加者は増えたものの,付き合いでとりあえず入っておくか,という企業ばかり。なかなか実際の取引に結びつかない」と思案顔だ。

 ある口さがない関係者は,「ほとんどが,他社に後れをとるのが怖くて手を出しているだけ。複数の企業が出資して設立したところの社員は,互いの出身会社の内情の情報交換に精を出してますよ」と容赦がない。結局,皆が従来の取引関係を重視して,身動きがなかなか取れないでいるわけである。

 日本の複雑な流通構造が,ここまで温存されてきたのには理由がある。流通業者はただモノを右から左に動かしているわけではない。物流機能と与信機能という重要な機能を提供している。物流機能は商品を保管し必要な時に運んでくれる機能で,要するに「倉庫」と「トラック」である。与信機能とは,取引先に対する保証である。

 例えばA社がB社に対して100万円の与信をしていた場合,B社に対する取引高が100万円になるまでは支払いがなくても商品を納入する。間接的な融資ともいえるもので,いわば金融機関的な機能も果たしている。

 また,1社で何千社もの企業と取引のある大企業の場合,自社ですべての入出金,伝票の管理などをすると莫大なコストがかかる。それよりも,小さな企業の取引は中規模の企業に,中規模の企業の取引は大規模の企業にまとめて事務処理をしてもらい,ある程度まとまったデータをもらったほうが効率がよい。つまり,「経理事務のアウトソーシング」にもなっているのである。

 ただし,さすがにIT化,ネットワーク化が進み,経理などの事務処理の能力が大幅に向上している現在,こうした伝票処理や商品の小分け以外に能のない中間業者は,居場所がなくなりつつある。大企業であってもネットを利用すれば,きめ細かい注文に対応できるようになっているからだ。

 実際「多対多」のe-マーケットプレイスの動きは鈍いが,サプライチェーンの支援にもなる「1対多」のものは,そこそこ実績が上がりつつあるようだ(これを特にe-Procurement:電子調達と呼ぶこともある)。取引先の情報をデータベース化して検索すれば,与信の管理も非常に楽になる。

 じわじわとネットに浸食され,日本の複雑な流通ピラミッドがガラガラと崩れ出す--。そう遠くない未来に,確実にこうした日がやってくるだろう。

(本間 康裕=日経ネットビジネス副編集長)