「5年くらいたつと、数多くの大手企業が一気に崩壊することにもなりかねない」。東証1部上場の大手企業でCIO(情報統括役員)的な役割を担う方を取材した折に出た言葉である。

 「IT(情報技術)を軸とした経営が不可欠となってきたが、中小よりもむしろIT投資の体力がある大手企業ほど情報化の舵取りが難しい。一歩間違うと命取りにもなりかねない」というのだ。

情報化のデシジョン・メーカーが不在に

 取材内容を順を追って説明すると,以下のようになる---。

 まず、大手になるほど、抱えるビジネス・ユニット(事業部門)の数が多くなる。そして、それぞれのビジネス・ユニットが,IT経営によって急成長する企業と戦わなければならない。

 例えば衣料品の製造・販売では、業績を大きく伸ばす“ユニクロ”ブランドを展開するファーストリテイリングがライバルになる。オフィス用品の販売ならばアスクルだ。ファーストリテイリングやアスクルに限らず、さまざまな業種でこうした企業が生まれているし,なかには海外の企業と戦わなければならない業種もある。

 もちろん、昔からの大手企業のほうも、手をこまねいているわけではない。急成長企業と戦うために、自らもIT経営を実践しようと考えている。

 しかし・・・だ。もし、その企業が数多くのビジネス・ユニットを抱えていたらどうだろうか。そして,それぞれのユニットが、ネット販売やCRM(顧客との関係管理)などバラバラにシステムを導入したいと言い出したら、すべての要求を満たすことができるだろうか。

 おそらく多くの企業のトップやCIOは、すぐには首を縦に振れないだろう。システム予算には総枠があるし、予算内だとしても投資対効果が明確でなければゴーサインは出せない。

 この「投資対効果」が曲者(くせもの)。無駄なことに投資しないのは経営の基本だが、無駄になるのか、それとも大きな利益を生み出すのかの判断が非常に難しい。

 本来、こうした判断を下すのはCIOの役割となるが、ビジネス・ユニットが多くなると、それぞれの経営環境の細かな事情までは把握できない。結果、調査のために長い時間がかかったり、投資が大きくなるために導入を先延ばしにするといったことが日常的に起こってくる。導入に踏み切る場合も、特別なプロジェクトを立ち上げるのに、人事異動や組織改編といった経営資源の調整に長い時間がかかってしまうことも珍しくない。

 こうして実践が遅れているあいだは、急成長企業の一人勝ちが続くことになる。大手企業が手を打つころには、次なるビジネスモデルを打ち出して、さらなる成長を遂げているかもしれない。

 大手はこの間、営業や製品開発の人員を増やすなど、体力が続くうちは人海戦術で対抗するのかもしれない。しかし,これには限界がある。例えば5年後に体力を使い果たして、事業が破たんすることも起こりうる。

---これが冒頭に挙げたセリフが現実となるまでのシナリオだ。

組織や意識を変革するまでの道のりが見えない

 このような問題を解決するうえでの理想形は、経営企画やCIOといったIT経営の導入を指揮する機能をビジネス・ユニットごとに持たせることである。ビジネスの現場がわかるスタッフが自ら情報化を指揮できれば、IT経営を実践するスピードを上げられる。

 筆者はCIOやシステム部長を取材する折に、ここに挙げたような問題とその解決策を聞いて回った。実は,大手企業で情報化を指揮する立場にある取材先のほとんどは、ここに挙げたような危機感を持っている。そして、ビジネスの現場に情報化の機能を持たせることが解決策になるとも考えているのだ。

 しかし、言うはやすく行うは難し。「ゴールは漠然と思い浮かべられても、現在の状況からそこへたどりつくまでの道のりがまったく見えない」---これまたほとんどの人がこう嘆く。

 理想像を実現するには、人と組織の両面で大きな変革が必要となる。CIOのような役員といえども、自分の権限だけでは前に進まない。

 さらに大問題なのが、情報化を企画する人材をどうやって確保するか、である。ITの知識に対してCIOと同様な知識をもったうえで、該当するビジネス・ユニットの業務知識も必要になる。このような人材を何人も育成することは,容易とはいえないだろう。

 こうした難題を解決するための第一歩は、企業のトップやCIOが「ゴールはここだ」という明確なビジョンを打ち出し、そこへ到達するためのロードマップ(地図)作りに着手することだ。

 簡単には作り出せないかもしれない。しかし,問題意識をもつこと、そしてそれについて議論を始めることが重要なのだ。いま手を打ち始めないと,数年後に取り返しのつかないことになるかもしれない。

(吉川 和宏=日経情報ストラテジー副編集長)