IT革命だ,21世紀だ,などという言葉が巷では踊っているが,今回は,ITの前提条件とITの使途を基本に立ち返って考えてみたい。そもそも論になるきらいもあろうが,わき目も振らずに先だけを見て突っ走りがちな時に,たまにはこんな視点があってもいいかと考えている。

 言うまでもなく,IT技術の進歩は止められないし,今後も凄いスピードで進み続けることは間違いない。しかしITは,意外に脆弱な基盤の上に成り立っているとも言えるだろう。簡単な話,コンピュータも通信も電気がなければ機能しないのだ。

 例えば,私のノートパソコンのACアダプタの裏面には「65-80VA」と表記されており,マニュアルのスペック表には「消費電力:最大40W」と書かれている。PHSの場合は,ACアダプタの底面には「3VA」とあり,マニュアルの消費電力の項目には,「充電時:約2W,非充電時:約1W」と書かれている。動作状態やバッテリの状態にもよるが,充電時だけでなくコンセントに充電器をつなぎっぱなしにしているとそれだけで電力を消費するのである。日本国内で動いているコンピュータは数千万台はあるだろう。携帯電話とPHSの加入者数は,12月末で6300万(このうちPHSは約590万)を超えている。

 今後は,ADSLやCATVなどを使ったインターネットの高速常時接続が多くの地域で現実的なものとなる。そうなれば,ADSLモデムはもとより,パソコンは常に電源が入った状態になる。複数のパソコンがあれば,家庭内にルーターやハブも存在するようになる。場合によっては外向けのWebサーバーを設置することもあるだろう。いずれも,実際にユーザーがインターネットにアクセスしていようがいまいが,常に動作していることになる。

 インテルのCPUの消費電力を見てみよう。例えば,モバイルPentium III(650MHz)を最高性能モードで使った場合,標準消費電力は9.1Wと発表されている。デスクトップ向けの製品やサーバー向けのCPUの消費電力はもっと大きいだろう。さらに,パソコンやサーバーとして利用するには,ディスクやファンなども必要になる。ディスプレイも電気を食う。サーバーの消費電力は,最大400W(富士通の最新製品「PRIMERGY H200」の例)というような数字になる。インターネット用のサーバーが数多く設置される巨大データセンターがいかにたくさんの電力を消費するか,想像に難くない。実際,米国では,電力会社の競争環境が厳しく供給能力に余裕がない場合があることも一因ではあるが,データセンターが開業した地域やIT関連企業が集まる地域で電力需給が逼迫する,といった例もあるという。また国内でも,丸の内などの伝統的なオフィス街の古いビルは,IT関連企業にとっては給電能力がネックになる場合がある。

 ADSL関連のチップやインタフェース・ボードの分野では,高密度実装と同時に低消費電力化が大きなテーマとなっている。ご存知のようにアナログの電話は,メタル回線に電話局側から給電する仕組みになっている。しかし,ADSLなどのサービスのために設置するモデム機器には,別系統で給電する必要がある。家庭側は,モデムをAC電源で駆動すればよいが,局側ではユーザーの数だけの給電能力が必要になる。例えば,住友電気工業の集線装置(DSLAM)では,1ラックで1920回線を収容することができる。十分に低消費電力化しておかないと,その局で収容できるADSLユーザー数の上限が,回線や物理的なスペースなどの制約ではなく,電力によって左右されることにもなりかねない。

 資源エネルギー庁のWebサイトにあるデータを調べてみると,現在の日本全体の総発電量は,概ね9000億kWh程度と読み取れる。ちなみに,天然ガス,石油,石炭に依存する割合は過半数である(http://www2.enecho.go.jp/energy/graph/e02-21.html)。

 今年は21世紀の幕開けということで,年末年始の報道などでは新しい発電方式の構想などもよく目にした。しかし,社会インフラの整備はITの進展に比べてはるかにロングレンジの事業である。ドッグイヤーなどと言われるITの時間感覚と,インフラ整備の時間感覚との間には大きな隔たりがある。まだしばらくの間,電力は基本的に火力発電への依存度が高く,化石燃料に依存する状況が続くということは間違いないのである。

 家電の分野では,以前からテレビなどの待機電力やタイマーなどの消費電力が問題にされてきた。もちろん,家電であっても現状で待機時に電力を消費しているのは事実であるが,IT関連製品の場合,その意識自体がまだまだ希薄であるように感じられる。ITは,社会インフラが整備された上でのほんの上澄みの部分である,ということをどこかで覚えておくべきだろう。これがITの前提条件という意味である。

「エネルギーでコスト削減」から「効率良く手間をかける」へ

 もう一つのITの使途という意味は,これからはITをどう使うのかということをこれまで以上に深く考えるべきではないかということである。電気の話ひとつとっても,ITを生かすには社会インフラが整備されていることが不可欠なのである。その社会インフラは,資源とエネルギーを使ってコストを削減するという20世紀的な使い捨て指向の延長では破綻するだろう。

 元経済企画庁長官の堺屋太一氏が年末のテレビ番組の中でこんなことを言っていた。「これからは,その方が安いからといった理由で使ってきたエネルギーや資源を,“手間”に置き換えて行かなければならない。そして,その手間の部分の効率を良くするためにITを活用すべきである」---。理想に過ぎる上にあまりに漠然とした言い方と感じられるかもしれない。しかし私は,この発言の基本は間違っていないと思う。

 修理するよりも買う方が安いという状況は,ITだけではなくあらゆる分野でごく当たり前になっている。不要になった端末機器やパソコンの回収・再利用などは,メーカー各社が取り組み始めているとはいえ,まだ社会として方法論が完全に確立しているとは言えない。携帯電話では,新機能はインストールするのではなく,端末を買い換えることで実現するのが常識になっている。製品寿命もとりわけ短い。1月中旬にも発売されると言われるJava対応携帯電話は,Javaで作成した新機能を携帯電話に追加できるという点で,端末の寿命を延ばすというメリットをもっと評価されるべきなのかもしれない。もちろん,Java向けにCPUが高性能になって,カラー化も進み,データ伝送速度が上がるとなれば,消費電力も大きくなるという側面がある。一筋縄では行かない。

 最後に,IT革命などと言う割に何が有り難いのか良く分からないという,今の日本を象徴するような例を一つ挙げさせて頂く。昨年末に出てきた税制改正案の中にある新しい自動車税である。資源やエネルギーを手間で置き換えるという考え方の対極に位置する,IT的な工夫のないものに思えて仕方ない。

 骨子としては,登録から10年を超えた車の自動車税を1割高くし,ハイブリッド車などの低公害車の税金を2-3割安くするというものである。最大の目的は,大気汚染の軽減とされているが,実際には,車の買い換えとそれに伴う経済効果を期待する面があるようだ。車の耐久性が上がったため,初回車検は3年,以降は10年超でも2年に1回(以前は10年以降は毎年)というように車検制度が変わってまだそう時間は経っていないと記憶する。それが今度は,10年以上前の車は,燃焼効率が悪く,排ガス浄化技術も未熟,という論理である。状況に応じて柔軟な対応ができないのが今の日本の悪いところでもあるが,今回の案にはいかにも無理がある。

 これまで,普通車(いわゆる3ナンバー)の税金を安くして,大きな車への買い替えを促してきたこともあって,世の中には大きなエンジンの車が増えている。大きなエンジンの車は,経済効果はあるだろうが,燃費も悪いし排気ガスもたくさん出す。燃費の良い車をきちんとメンテナンス(手間をかける)して,買い換えずに長く乗る。しかも,なるべくなら乗らない。大気汚染などの環境の問題を真剣に考えるならば,ユーザーにはこういった姿勢が求められるだろう。一方メーカーは,頻繁に買い換えることを前提としたようなビジネス・モデルを見直す必要があるだろう。そして,こういった我慢をする気にさせるための一つの方策が税制であるべきではないか。

 車というものは便利なものだ。私にとっても,今のところ不可欠なものである。しかし,世の中全体を考えると,環境に与える負荷は大きすぎるほどに大きい。今後,車の使用に関する税金を含めた広い意味でのコストを高くすることは,避けられないことかもしれない。そうであるならば,例えば走行距離に応じた課税や適正なメンテナンスに対する減税など,これまでとは違ったアプローチはできないものだろうか。「手間」はかかるだろうが,そこにこそITを生かす余地があるはずだ。

(田邊 俊雅=IT Pro 副編集長)