米国の地上波デジタル放送が惨憺(さんたん)たる状況のようだ。

 98年11月に開始して以来,すでに2年間が経過しているが,これを受信している端末は全米で100万台に遠く及ばない。この状況をみて,地方の放送局ではデジタル放送への転換を見送るところが続出しそうな情勢だ。放送を電波の使用効率の悪いアナログから効率の良いデジタルへ転換する,という電波資源再開発計画は暗礁に乗り上げた。日本の放送・通信政策にとっても,大きな警鐘である。

 テレビ視聴者がデジタルテレビに転換しない理由はいくつもある。

 最も大きな理由は魅力的なコンテンツがないことだ。米国のテレビ局がデジタル・テレビ放送によって流している番組は,従来のアナログ放送のものと同じである。これでは,今までのテレビで見ていれば良い。また,チューナーを購入したり,あるいは専用のテレビを購入しなければならないが,この価格がまだアナログ・テレビよりも1ケタ高い。番組の魅力がないうえに,受信機の価格が高ければ,普及のキッカケはつかめない。

 この事態は,米国の情報社会にとって二つの意味から痛手である。

 一つは双方向型のデジタル・テレビ放送の機能を生かして,テレビを使ってインターネット・ショッピングをする,いわゆる「T-コマース」の進展が阻害されるだろう。放送とインターネットの融合(正確には複合)という未来図が危うくなる。パソコンとインターネットの組み合わせによる社会変化の方向が見え,次はテレビとインターネットの組み合わせによる変化の時期が来るというのに,お先,真っ暗である。

 もう一つの痛手は,携帯電話とインターネットを組み合わせるモバイル・インターネットに及ぼす悪影響である。

 従来のアナログ方式の地上波テレビ放送がデジタルに転換し,これまで使用してきた周波数帯を再配分して利用しようという米国の電波政策は,根本から見直さざるを得ない。再配分する相手は,次世代の携帯電話サービスと目されていた。つまり,現在使用中のアナログ・テレビ放送の周波数帯は,携帯電話の周波数資源と期待されていたのだ。

 その携帯電話に割り当てる周波数帯が空かない可能性が出てきたのである。

 デジタル放送の受信者が伸びないのに,アナログ放送を中止するわけにはいかない。電波資源がキチキチのなかで,新たに携帯電話の周波数帯を探すのは至難の業である。これで米国の次世代携帯電話の進展は10年は遅れるかもしれない。

 翻って,日本だ。現在,2003年に大都市圏から地上波デジタル放送をスタートさせる計画があるが,米国放送界の轍(てつ)を踏まないだろうか。デジタル放送の転換は巨大な設備投資を伴うにもかかわらず,これによって収入が増大する見通しは全く立っていない。その見通しのないビジネスに,体力が弱っている金融機関が資金を提供するかどうかも疑問である。果たして,デジタル放送へとスムーズに移転できるのか,どうか。

 時代は,ページをめくって21世紀に入る。技術も,人々の考え方も大きく変わる。携帯電話など,予想していなかった新しい機器も登場し,電波需要も大きく変化している。

 20世紀に決めた事柄は,21世紀の新しいページのなかで設計図を引き直してよいのではないか。特にこの電波政策は,根本から見直したほうがよい。

(中島 洋=日経BP社編集委員)