最初に質問。あなたの会社は,社内で利用している業務システムのソース・コードを公開できますか? できない? それでは,その理由は?

 門外不出の業務ノウハウが競合会社に漏れてしまうから。社内業務の仕組みを取引先に知られるとまずいから。大金をかけて開発した業務システムを他社にまねされるとしゃくだから。万一バグが見つかったりすると責任問題になるから。それとも,ただなんとなく恥ずかしいから。

 ほとんどの企業は,このような質問について真剣に考えたことはないだろう。ところが,「公開できる」という結論を下し,実際に社内システムのソース・コードを公開した企業がある。

 ビヤホールやレストランを全国展開する大手外食チェーンのニユートーキヨーは,自社で開発した食材発注システム「セルベッサ」のソース・コードを1999年11月から公開している。約200店ある同社の店舗で使う食材を,仕入先に発注するためのシステムである。

 セルベッサのソース・コードはインターネットで公開されており,だれでも自由にダウンロードして利用できる(http://www.boss2000.net/)。無料で手に入る業務パッケージと考えてよい。利用する企業は,自社の業務手順に合わない部分があれば,ソース・コードを好きなように修正してかまわない。

 このようにセルベッサは,最近,国内でも採用企業が増えてきた「Linux」と同じで,いわゆる「オープン・ソース」のソフトウエアである。プログラムの著作権はニユートーキヨーが保有しているが,第三者による改変と再配布の自由を認めている。Linuxと同様に,改変したソース・コードは公開する義務がある。もちろんオープン・ソースの業務パッケージは,日本ではセルベッサが最初だ。

 そこで2番目の質問。あなたの会社は,同業他社が開発し,ソース・コードがインターネットで公開されている業務パッケージを採用しますか? しない? それでは,その理由は?

 この質問について真剣に考えたことがある企業も,あまり多くはないだろう。だがセルベッサは,すでに3社が採用している。イタリア料理店やステーキハウスなどをチェーン展開するダブリュー・ディー・アイ,定食屋チェーンの大戸屋,そして大手食品卸の三友小網である。このほかに,採用を検討している企業が5~6社ある。

 セルベッサはニユートーキヨーが約2000万円をかけて開発し,実際に社内業務で使っているシステムだ。基本機能もそろっていないようなプロトタイプではない。それを無料で利用でき,しかも自由にカスタマイズできるのだから,採用する企業のメリットは明白だろう。

 それでは開発元のニユートーキヨーは,なぜセルベッサをオープン・ソースにしたのか。同社の湯沢一比古 財務部情報システム室室長代行は,次のように説明する。

 「セルベッサを利用する企業は,修正を加えたり何らかの機能を追加したら,その部分のソース・コードを公開することになっている。利用企業が増えてくれば,それらの企業の開発成果を,当社が無料で利用できるようになる。このメリットは大きい。ソフトウエアの保守にかかる費用は,初期開発費の3倍と言われているからだ」

 セルベッサのようなシステムは,必要に応じて保守しながら長期間にわたって使い続けるものだ。その保守作業の負担を他社と分担することをねらって,ニユートーキヨーはオープン・ソースという道を選んだわけだ。

 他社がバグを発見して対処してくれることは大歓迎。隠すよりも公開したほうが,多くの開発者の目に触れるので早く潜在バグをつぶせる。ここでは,「自社で開発したシステム=会社の財産=公にしてはいけないもの」という旧来の価値観は捨て去られている。

 湯沢 室長代行は,「今後,当社で開発する業務システムは,基本的にすべてオープン・ソースにしたい」とさえ言う。

 実際,セルベッサを採用した3社は,このようなニユートーキヨーの考え方に賛同し,「セルベッサ協議会」という団体を共同で設立した。セルベッサの普及と機能拡張が目的である。

 セルベッサ協議会に加盟する企業は,本業のレストラン業界では競合関係にあると言えないこともない。だが,「セルベッサを利用することで食材発注業務を効率化できる企業が増えれば,外食産業全体の発展に貢献できる」という,個別企業の利害を超えた視点から業務パッケージの共同利用を考えている。

 オープン・ソースでは必ず語られるボランティア精神が,ここでも発揮されている。ソフトウエアの利用者自身が開発に直接関与し改良を加えていくという点でも,オープン・ソース本来の理念に則った開発形態と言える。

 ユーザー企業が業務パッケージを導入するメリットは,つきつめれば「自社で開発するより安い」に尽きる。パッケージ自体が無料であり,そのうえ導入後の保守費用まで削減できる可能性があるセルベッサは,究極の業務パッケージと言える。

 そう考えていくと,セルベッサというオープン・ソースの業務パッケージを開発したのがニユートーキヨーというユーザー企業であったことは,理にかなっている。業務パッケージの開発と販売を生業とするベンダーからは,自社製品をオープン・ソースにするという発想は出てこないからだ。

 ユーザー企業が生み出し,ユーザー企業主導で成長していくセルベッサは,業務パッケージの理想的な未来像を示している。

 それでは最後の質問。あなたの会社は,社内で利用している業務システムのソース・コードを公開すると何らかの不利益を被る可能性がありますか?

 不利益を被る可能性がないのであれば,公開を検討してみることをお勧めしたい。あなた自身の手で,未来をほんの少し幸福な方向に動かすことに貢献できるかもしれないから。

(中村 正弘=日経コンピュータ編集委員)