新機能が増え,多くのユーザーのニーズを満たせるようになったエンド・ユーザー向けアプリケーション・ソフトウエア。しかし,なぜか初心者の負担は変わらないようだ。結果的に初心者を切り捨ててしまうアプリケーションが少なくないのは,なぜだろうか。
ソフトウエア・サポート担当者のグチは,今も昔も変わっていない。
「パソコンを初めて使うというユーザーに,ソフトウエアの使い方を説明するのはとても難しい。面と向かってならまだしも,電話口ならなおさらのこと。プログラムに不具合がある場合は仕方がないが,ユーザーももっと勉強してほしい」と。
それなりに,うなずける意見だ。ただ,ソフトウエアも版を重ねて使いやすくなったはずなのに,なぜか初心者の苦労はさほど変わらないようだ。(1)サポート要員が不足している,(2)登場時から使っているユーザーと比べて,機能が水ぶくれした最新版のソフトウエアから使い始めるのはけっこう難しい,など理由は色々あるだろう。
不具合の数がいっこうに減らないのも痛い。わが身を振り返ってみても,マイクロソフトの「Office」は,新版が登場してもわざわざ古いバージョンを使っている。そのほかのソフトウエアにしても,不具合が解決されるのではないかと思い,新版をインストールしたがやっぱりダメ。おまけに元のバージョンにも戻らないということが再三あった。こんな話は,とても初心者には納得してもらえないだろう。
プログラマにソフトのデザインを任せてはいけない
ソフトウエア開発に,何かおかしな部分があるのは気付いていたが,ある本を読んで理由がはっきりした。「コンピュータは,むずかしすぎて使えない!」(アラン・クーパー著,山形 浩生訳,翔泳社)である。著者のクーパー氏は,開発ツール「Visual Basic」の生みの親。生粋(きっすい)のソフト開発者である。それだけに問題の所在がハッキリみえたようだ。
彼の主張は,ユーザーではなく,ソフト開発者側に問題があるというもの。プログラマにデザインを任せることで,使いにくいソフトウエアが量産されてしまうのだ。ここでいうデザインとはユーザー・インタフェースのこと。ただし,Windowsがユーザー・インタフェースを統一しているというレベルの話ではない。
たとえば,メール・クライアント・ソフトウエアの場合。このソフトウエアで困るのは,返信(リプライ)が続く打ち合わせの経緯をスレッドで管理する機能を備えていないことだ。スケジュール管理ソフトもやり玉に挙げている。スケジュール管理ソフトでは,打ち合わせ終了時刻を前もって見積もることにあまり意味がない。にもかかわらず,開始時刻と同じように厳密に設定しなければならず,スケジュールの融通が効かない。なぜ,このように柔軟性に欠け,当たり前の機能が備わっていないのだろうか。
これらの機能をソフトウエアに追加することは,難しくない。プログラミングの負担が重いわけでもない。ソフト開発者はデザインに関する訓練を受けていないため,ごく普通の使い方をするユーザー像に思いいたらないからだと,クーパー氏は主張する。
ユーザーの立場にたった視点こそ,マイクロソフトに打ち勝つ戦略
確かに,クーパー氏の指摘に直接こたえているソフトウエアは少ない。サイボウズの「Office」のように機能を絞ったソフトウエアがヒットを飛ばすことがあるが,これはユーザーの負担を減らすことが,結果的にシンプルなデザインにつながった例だろう。
新機能とバグを増やし続けるよりも,デザインと信頼性に重点を置くことがエンド・ユーザー向けソフト開発に求められているのではないか。
そこそこに機能がそろったマイクロソフト製品と競争し続けるには,ユーザー向けデザインという『品質』がものをいうはずだ。
(畑 陽一郎=日経ソフトウエア編集)