カジュアル衣料チェーン「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングが,10月末にネット販売を開始した。ポリエステル製のジャケット「フリース」を約800万枚を売ったユニクロ旋風は,今シーズンも健在だ。工場の一角に50色のフリース・ジャケットを吊した印象的なテレビ広告を見て,「ネットでもまたユニクロにしてやられるのか!」と嘆いた流通業の関係者もいたかもしれない。

 しかし,当のファーストリテイリングを取材すると,「ネット販売はあくまでもフリース・キャンペーンの一環で始めた」と意外にそっけない答えが返ってきた。

 そう,ユニクロのネット販売はあくまでも店舗の補完という位置づけ。さらにいえば,店舗での販売を促すためにインターネットを使う,大いなる“実験”なのだ。

 その象徴が,「ネットではいつでも定価で買えるが,店舗に行けばそれよりも安く買える」という価格戦略である。店舗に置けない商品アイテムをネットで定価販売する一方で,店舗は週末だけ値引き販売する。

 しかもWWWサイトを訪れた顧客に,「店舗で買えばセーターは1000円安い」といった週末ごとの値引きキャンペーン情報などを告知し,店舗に導く工夫もしている。そこには,販売戦略の中心を店舗に置く姿勢が色濃く表れている。WWWサイトを使って店舗との相乗効果を高める「クリック&モルタル」の実現が,ユニクロのネット販売における最大の狙いである。

 ファーストリテイリングがネット販売の開始を決めたのは,今年6月。昨シーズンと同じ方法でフリースを売っていては消費者に飽きられてしまう。より強い印象を与えるには,フリースの色数を増やしてインパクトを高めるしかない。しかし,多くの色数は店舗に置けない。ではネットを使おう。こんな具合でネット販売を始めることになった。

 7月に急きょ,ネット販売開始のプロジェクト・チームが立ち上がり,複数のパートナー企業を選んだ。困難な局面もあったが,何とか2カ月でシステムは完成。ネット販売に関わるスタッフはわずか4人だ。

 ネット販売を担当する堂前宣夫常務は,「初年度の売り上げ目標は30億円で,最初から黒字化する予定だ」と語る。しかし,残念ながら儲(もう)かる仕組みの詳細やシステムへの投資額は,聞けなかった。ただし,ネット販売を告知したテレビCMなどの広告費は,企業広告とフリース製品の広告を兼ねるため,ネット販売としての負担は少ないという。ネット販売単体では多額の広告費をかけずに,宣伝効果を得たわけだ。

 ネット販売を始めた10月の全社の売り上げは,単月で過去最高を記録した。11月からはフリースに加えて,セーターやナイロン製ジャケットなどネット販売のアイテムを拡充。いずれも,週末に店舗だけで値引き販売した。そのため都心の店舗などは,詰めかけたお客で酸欠状態になるほどの盛況ぶりだ。

 うれしい悩みというべき課題もある。

 「店舗になければネットで買える」がウリでも,生産が追いつかないといった理由から,実際には店舗でもネットでも買えないケースもある。爆発的なヒットには対応できないのだ。また,商品の購入から宅配されるまでに4~5日かかってしまう物流面の弱さもある。ファーストリテイリングは,いずれ現行のシステムでは対応できなくなるとみて,首都圏にネット販売専用の物流拠点を構築するほか,システムについても拡充する予定だ。

 ちなみにフリースとは起毛した繊維で,ポリエステルで作ることが多い。もともとフリースのジャケットは環境問題への関心が高まるなかで,アウトドア製品の米パタゴニア社が「ペットボトルを衣料品に再生した」との触れ込みで始めた。再生品ゆえに高価で10年ほど前に2万円近くした。当時,私の通っていた大学のキャンパスでは,胸にパタゴニアのマークが入った赤いフリースのジャケットを着ていれば,地球に優しいお洒落(しゃれ)なカジュアル派といわれたものだ。

 それがいまやフリースといえばユニクロの1900円。赤いロゴ・マークの入った紙袋を抱える老若男女は,街を闊歩(かっぽ)する。しかし,熱しやすく冷めやすいのがブームの常だ。

 ユニクロは安くて使い捨て感覚で着られることを半ば売り文句にしているが,せっかくだから,WWWサイトで着なくなったフリースの活用法など,募集したらどうだろう。タンスの肥やしの処遇に悩む顧客は試しにWWWサイトを訪れる。そこでさらに店舗への誘導を図れば・・・。こうしてスパイラルのように現実の店舗とネットを結ぶ,さらなる回路ができるに違いない。

(三田 真美=日経情報ストラテジー編集)