21世紀を目前に控えて,マスコミはIT(情報技術)のキーワードでにぎわっている。数年後にくるブロードバンド・インターネットの世界が実現すれば,現在のテレビ映像をインターネットで配信することも技術的には可能となる。それを待たずとも,2001年の春からは次世代携帯電話サービスが実施される予定で,画面こそ小さいが,動画を流すこともできる。

 また2000年12月からBSデジタル放送がいっせいに始まる。画像に加えて各種のデータにもアクセスできるようになる。画像とそれに関連する情報,さらに双方向のデータ通信によって新しいビジネスが生まれるものと期待されている。Bluetooth技術を組み込んだデジタル家電の製品化も始まっており,インターネットを介して自宅の家電製品を制御する日が近づいている。

 こうした流れをみると,ビジネスから日常の生活まで,われわれはどっぷりとインターネットをはじめとするITの世界につかってしまうことになる。確かに便利になることは間違いなく,これまで不可能だったことが実現するということへの期待は大きい。

 しかし筆者は最近,IT活用を何のためらいもなく受け入れることに対して,疑問を感じるようになっている。「IT活用は幸福をもたらすのか」と。

 ある人から「IT全盛時代だが,人間は幸福になったと考えますか」と問いかけられが,返答に詰まってしまった。またタクシーに乗ったときにドライバーから,こう語りかけられた。「タクシー業界は最悪の不況にあるが,最大の理由はインターネットだと考えている。インターネットが普及したことで,ビジネスで直接会うことがぐっと減った」。広告業界のある管理職は,「現在の不況はケータイ不況ではないか」と分析する。消費を先導する若い人たちが,毎月の携帯電話の支払いに追われて,モノを買う余裕がなくなっている,というのである。

 確かに,これらの意見にはうなずける面も多い。だが,IT活用の一面を表しているに過ぎずないことも事実だろう。

 筆者は,21世紀を目前にした今,少し立ち止まってIT活用を広い視点でとらえ直すことが必要だと考える。

 ビジネスでITを活用する場合に,売り上げや利益の極大化という視点だけでなく,今後は,そこに働くひとたちの「やる気創造」に役立っているか,などを考慮することが重要になってくるのではないだろうか。

 また,ITの活用で組織がフラットになり中間管理職の削減といった人減らしに拍車がかかっているが,その半面,新しく働く場が生み出されていないという問題がある。そこで,人が働く場を増やすためのIT活用を,積極的に考えるべきではないだろうか。

 例えば,インターネットで顧客の要望を集めて,少量だが付加価値の高い製品を世に送り出せるようにする。大企業は無理かもしれないが,中小企業の製造業なら少量生産への対応も可能で,こうしたビジネスモデルをインターネット活用で軌道に乗せることができれば,製造業における雇用の大幅拡大も夢ではないだろう。

 雇用という面では,日本という事情を考慮したIT活用を考えることが重要だろう。考えることはいろいろある。ちょっと考えただけでもITの活用によって,1)子供を持つ女性に働きやすい環境を作る,2)中高年の働く場を増やす,3)地方における雇用を確保する,などが挙げられる。

 こうした努力を積み重ねていけば,「IT活用が幸福をもたらす」方向につながっていくのではないだろうか。

(上村 孝樹=コンピュータ局主席編集委員)