ネットベンチャーたたきが,どうやら佳境を迎えたらしい。今,マスコミの“最後の標的”となっているのが,黒字企業の楽天である。2000年第3四半期(7~9月)の売上高の伸びが鈍化したのをとらえ,「もはや限界」「神話の崩壊」などの刺激的な言葉で,あたかも経営危機に陥ったかのようにはやし立てる。

 今春の“ネットバブル崩壊”以降,ネットベンチャーの評判は散々だ。ネットベンチャーに幅広く投資していた光通信の業績悪化と,米店頭株式市場(ナスダック)でのネット関連銘柄の暴落を機に,ネットベンチャーに対する世間の目は一気に冷たくなった。東証マザーズに最初に上場したリキッドオーディオ・ジャパンの元社長が逮捕されるなどの不祥事もあり,このところのネットベンチャーのイメージ悪化ははなはだしい。

 しかし,最近のネットベンチャーに対するバッシングは行き過ぎではないか。いい加減な経営しかしていない企業が批判されるのは当然だが,「ネットベンチャー絶滅」説のような議論が横行するのはどうかと思う。

 ネットベンチャーが創り出しつつあるのは,EC(電子商取引)などの新市場だけではない。自らの創意工夫でリスクにチャレンジする起業家精神や,それを賞賛し投資する“社会風土”もそうだ。それらは以前から,日本の新生のために必要性が叫ばれていたものである。行き過ぎたバッシングは,こうした大切な芽まで摘みかねない。

 ネットベンチャーの限界として常に指摘されるのは,ほとんどの企業が赤字続きである点だ。そして,そこからBtoC(消費者向け)型のネットビジネスには未来がないかのような議論も出てくる。

 しかし,これは全くナンセンスな話だ。ネットビジネスに限った話ではないが,急速に膨張する新市場において企業が勝ち続けるためには,圧倒的なナンバーワンを目指すしかない。ベンチャーと言えども投資の手を緩めるわけにいかず,ECなど膨張率の大きい市場が相手ではブランド構築などに巨額のコストがかかる。日本のネットベンチャーは将来の大きな利益を目標に,今は辛抱の時期なのだ。

 それは投資家も同様で,ベンチャーというハイリスク・ハイリターンに“張った”わけだから,目先にとらわれてチマチマした利益を要求すべきではない。引き受けた高いリスクに見合う,巨額のリターンを将来得るための道筋を示すことこそ,ネットベンチャーに要求すべきことである。

 利益を出せないネットベンチャーの選別・淘汰(とうた)が始まった米国の状況を見て,「日本の企業も今利益を出せないようでは生き残れない」と主張する向きもあるが,それも暴論である。既に米国のネットビジネスは市場が成熟し始めており,成長よりも利益が求められる段階になっている。当然,アマゾン・ドットコム社やイーベイ社などの勝者以外は淘汰され,勝者であるにもかかわらず利益がでないからこそ,アマゾン・ドットコム社には株価暴落という洗礼が浴びせられたわけだ。

 一方,日本のネットビジネスはまだその段階に達しておらず,巨大な市場を創造し,そのなかで圧倒的優位を築いた企業はほとんどいない。ネットベンチャーの多くはまだ利益を求める段階には至っておらず,圧倒的な競争優位を目指して成長を追求しなければならない。

 その意味で,利益を出している楽天は例外的な存在だ。今利益を出せるのは優良企業の証(あかし)と言いたいが,問題は黒字経営という“堅実策”が正しいかどうかである。検索サービス市場のように電子モールの市場が成熟し,楽天の優位が動かないのなら堅実策は正しい。市場が動いているなら利益を犠牲にしても,積極策をとらなければならない。だから,「この時期に利益を目指すような消極的な経営ではだめだ」と批判するなら,一つの見識である。単に業績の伸びの鈍化をとらえて「神話の崩壊」などと騒ぎ立てるのは“ためにする議論”に等しい。

 そもそもネットベンチャーに対する評価は,株式市場の動向に左右されすぎている。ネットバブルの時期は,いいかげんな経営しかしていない企業もIT革命の旗手に祭り上げられた。逆に株価が下落すると風評が撒き散らされ,未来を創ろうという起業家の苦闘も十把ひとからげに葬り去られる。

 しかし,投資と消費は別物である。株式市場の評価とは無関係にネットビジネスの市場は急拡大を続けている。そして,その市場を創り,今も担っている企業の多くがネットベンチャーなのだ。

 もちろん,ネットベンチャーがすべてうまくいくと主張するつもりはない。大企業のECなどへの参入も相次いでおり,競争はますます激烈になっていくばかりだ。米国のベンチャーの生存率から類推すると,8割以上の企業が5年以内に消え去るだろう。しかし,それこそがハイリスク・ハイリターンのベンチャーの真の姿である。

 そして淘汰(とうた)の過程のなかで,“失敗の経験”という日本にとって貴重な財産が蓄積されていく。米国では,ベンチャー経営者の多くは起業失敗の経験を持っており,ベンチャー・キャピタルなどもその経験を高く評価して投資する。日本でも,そうした再チャレンジが当たり前になれば,真の起業家精神が根付くはずだ。ビットバレーだってシリコンバレーと同様に,本物の輝きを持てる可能性がある。

 あなたが,短期的利益のみを追求する怒りっぽい投資家でないならば,特に社会的に影響力のある人ならば,ベンチャーやネットビジネスにもっと温かい視点を持ってほしい。切にそう思う。

(木村 岳史=日経ネットビジネス副編集長)