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IT教育における“企業の役割”を忘れていないか?

2000/11/10

 IT教育論議が盛んだが,議論は個人の自覚,努力,自発性を前提としたものにとどまっているのではないだろうか?

 IT教育を進める上で決定的に重要なのは,企業・組織が従業員や顧客のためのIT教育・研修にどれだけの資金と知恵をつぎ込むかである。企業などがIT教育に一定の資金と知恵を投じる方向へと基本的なスタンスを変えない限り,日本のIT教育が飛躍的に向上することなど期待できないだろう。

 日本のIT教育の実態については,財団法人日本情報処理開発協会(JIPDEC)の中央情報教育研究所が毎年,調査報告書を出している。その1999年度版によると,調査に答えた478の企業・組織における教育費の対売上高比率は平均0.7%である。調査対象をベンダー企業,ユーザー企業,公的機関に分けてみると,ベンダー企業の0.9%に対して,ユーザー企業は0.4%,公的機関は0.2%という低さだった。

 もっとも,教育・研修の必要性が高まってきたとの認識は多くの企業が持ち始めている。2000年度の研修予算について前年より増額すると答えた企業は回答数の44%だったのに対して,減額という回答は6%にとどまった。特にベンダー企業の回答を平均すると前年比114%もの伸び率だ。

 教育・研修の必要性が高まっているということは,裏を返せば必要とされる技術の習得が追いついていないということでもある。企業・組織に「事業遂行に不足している知識・技術」を選択させたところ,上位にはインターネット開発,電子商取引,ネットワーク・システム開発,データベースといったネットワーク関連の項目が並んだ。同時に,これらの技術項目は「今後2年間で強化したい項目」の上位を占める。

 では,どのようにして強化するかとなると,基本的には「既存の社員を育成してそのスキルを充足させる」のが主流だ。しかし,電子商取引やインターネット開発,ネットワーク・システム開発などでは育成だけでは間に合わず,中途採用で充足するとの回答が多かった。

 教育・研修の重要性についての認識は高まっているのに,教育費の対売上高比率が1%にも満たないという結果になっている一つの原因は,教育・研修に資金を投じることによる投資効果を測定評価することが難しいことにある。効果について明確な見通しを示せない以上,企業はなかなか思い切った投資に踏み切ることができない。

 このような企業の“教育・研修への迷い”は,従業員の満足度についての調査にも現れている。「仕事」「給与」「上司との関係」などの項目をあげて,従業員にとっての満足度を聞いたところ,「社内教育制度」に対する満足度がきわめて低いことが明らかになった。

 これについて報告書は,単に教育実施が少ないことへの不満というより,育成目標の設定,計画的な受講機会の付与,育成目標に対するスキルの評価,本当の意味でのOJTの実施がなされていないこと----などが原因であると分析している。

 さらに基本的な問題として報告書は,シンガポールにおける調査との比較のなかで,「日本では技術的な能力を身につける研鑚(けんさん)の責任が,企業にではなく技術者自身にある」という企業側に都合のよい考え方が,日本における教育・研修を阻害する要因になっている点を指摘している。「経営者は技術者の研鑚には技術者自身が責任を持つべきだと思っているか」との質問に対して,シンガポールの情報システム部門の管理者は「そう思わない」との回答が多かったのに対し,日本の管理者は「そう思う」との回答が多かった。

 技術者自身の責任と認識しているのであれば,企業は教育・研修のために多額の資金を投じ,人のやりくりをしてまで技術研修の受講機会を確保するという積極的な行動に向かわないのは当然である。IT教育の強化に向けては,こうした基本的な問題が横たわっている。

 企業が“投資効果”について迷っているなかで,「教育・研修の効果」として比較的に測定評価しやすいのは「技術資格」の取得である。「名刺の裏に刷り込んでおくだけでも,顧客の信頼感が違ってくる」----ある通信事業者のトップは技術資格への期待感を語っている。とりわけベンダー,SI業者,あるいは通信事業者などはマイクロソフトのMCP,シスコのCCNAといったベンダー系の技術資格の保有者を増やすことに力を入れているようだ。

 このため,ベンダー系の技術資格取得のための教育・研修については,優先的に教育費をつぎ込み,あるいは受講機会を付与するといった積極的な動きが見られる。ただし,ベンダー資格はあくまで特定ベンダーの製品を扱う技能に対する認定であり,この点では必要とされる技術的な能力の一部に過ぎないともいえる。

 IT教育の重要性が叫ばれてはいるものの,多くの企業が本当に重要性を認識し,組織的,系統的に教育・研修に取り組むには至っていない。逡巡(しゅんじゅん)する企業の背中を押して一歩前に踏み出させるには何が必要なのか,この点にこそ政策面での支援策が検討されるべきであろう。

 企業といっても中小企業,地方の企業,IT関連とそれ以外の企業----など多様である。個別の企業の状況に合わせてIT教育を推進する仕組みが求められている。

(松本 庸史=教育事業センター長)

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