ソフトウエアでx86互換を実現する「Crusoeプロセサ」。そして,米Transmetaが提供するOS「Mobile Linux」。Transmeta社には,Linuxの生みの親であるLinus Torvalds氏が在籍・・・。

 いまCrusoeとMobile Linuxほど,注目を集める組み合わせはないだろう。この組み合わせを,国内で初めて日立製作所が採用する。同社は,Mobile LinuxをプリインストールしたCrusoe搭載のペン入力機を,企業向けマシンとして2000年12月末に発売するのだ。

 9月初旬にこの話を聞き,まず「Mobile LinuxがCrusoeの新たな可能性を引き出すのでは」という期待を抱いた。しかしよく考えてみると,ことはそう簡単ではない。

 Mobile Linuxはハード・ディスク装置を搭載しない携帯情報端末向けに開発されたLinux環境である。2.4系列のLinuxカーネルにXウインドウ・システム,携帯情報端末向けの各種デバイス・ドライバ,開発キットなどが組み合わされている。カーネルをCrusoe向けにカスタマイズしているわけではない。そのため,Crusoeの最大の特徴である省電力機構を,Mobile LinuxがWindowsよりも引き出せるということにはならない。

 またLinux 2.4は,省電力機構としてACPI(advanced configuration and power interface)に対応している。しかし,これもデバイス・ドライバのACPI対応がWindowsに比べて遅れている。実際,日立のペン入力機の電池動作時間(メーカ公称値)は,3セルのLiイオン2次電池で約3.5時間,6セルで約7時間である。これは,日立が製品化しているWindows 98をプリインストールしたMMX Pentium搭載のペン入力機「FLORA 220MP」とあまり変わらない。

 日立は,Mobile Linuxを三つの理由から採用したという。

 一つは,同一メーカからマイクロプロセサとOSの供給を受けることで,動作の信頼性向上を期待できること。二つめは,企業向けのカスタム・アプリケーションを開発する場合に,ソース・コードが公開されているLinuxの方がWindowsに比べて不具合発生時の対処が容易になること。三つめは,フリーOSを採用した方が価格性能比を高められることである。

 開発を担当している日立の竹本哲夫主任技師によると,「ペン入力機でも,パッケージ・アプリケーションを利用するなら,Windowsの方が向いているだろう。しかし,カスタム・アプリケーションを動かすとなると話は別。確かに開発環境はWindowsの方が整っている。しかし,それ以上の魅力をブラックボックス化されていないLinuxはもっている。それにペン入力機器などの携帯情報端末では,部材コストの総額に占めるOSの比率は無視できないほど大きくなっている。フリーであるLinuxを採用することで,同じハードウエア仕様ならばWindows機よりも価格を抑えることができる」というのだ。

 さらに,「別に反ウインテルを意識しているわけではない。CrusoeとMobile Linux,CrusoeとWindows,IntelプロセサとWindowsなど,それぞれに適した使い方がある。今回CrusoeとMobile Linuxを採用したのは,あくまでも適材適所を考えた結果だ」と続ける。

 確かに,Linuxを組み込み機器に採用しようとする動きは活発化しており,竹本氏の主張するメリットも十分に理解できる。しかし,CrusoeプロセサとLinus氏のMobile Linuxの組み合わせに,どうしても大きな期待を抱いてしまうのは筆者だけだろうか。それともオープン・ソース化の流れのなか,特定の組み合わせに期待を抱くこと自体が間違っているのだろうか。

 当のTransmetaにMobile Linuxの今後のロードマップについて問い合わせてみたが,「公開可能な情報がない」(国内の広報担当)との回答しか得られなかった。ウインテルの支配に大きな風穴を開けたCrusoeとLinuxが着実に根付くためにも,「新たな魅力」を見せ続けてくれるとありがたいのだが・・・。

(藤田 憲治=日経バイト副編集長兼編集委員)