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IT業界に“モラルハザード”は起きているか

2000/10/31

 「最近,システム開発に従事している人のスキルの低さに驚くことが多い。もちろん情報処理技術者試験の2種の資格は持っている。しかし簡単な仕様のプログラムを作れないし,それでスケジュールが遅れても,自分が悪いのではないと平気な顔だ。それも一人や二人ではない」。数カ月前,日経コンピュータ編集部に届いた読者からの意見に,こんなコメントがあった。

 それ以降,ユーザー企業やシステム・インテグレータの方と雑談しているときに,どう思うかを聞くようにしたところ,「確かにその通りだ」と話してくれる人が想像以上に多いことが分かった。プロの情報技術者,エンジニアとしての責任感が欠如しているとしか思えない人が,増えているというのだ。上司あるいは先輩として文句を言おうものなら,「言われたことをやっただけ」「仕事ができないのは指示する側が悪い」「そんなに言われるなら辞める。仕事はほかにもあるから」といった答えが返ってくるという。

 ことは人(個人)に留まらない。また聞きで恐縮だが,あるインテグレータの知人は,取引先企業でこんなケースがあったと話してくれた。

 「予定していたシステムの納期直前に,外注先が“間に合わないので稼働を1カ月先送りして欲しい”とその企業に言ってきた。よくよく事情を聞いてみると,他社の仕事が長引き,その企業の仕事は未着手に近い状況だったという。その企業の担当者は,“あきれるのを通り越して絶句したよ”と言っていた」。ちなみに外注先はネット関連のベンチャーだったという。

 ほかにも発注元企業がインテグレータの仕事にクレームをつけようとしたら,「うちのやった仕事に何の問題があるというのだ。言いがかりをつけるのはやめてくれ」と話し合いに応じようとしなかったケースや,プロジェクトがにっちもさっちもいかなくなり,担当者が辞めてしまったうえに,後任が来ないケースもあると聞く。

 もちろんシステム開発を巡る発注元と受注先のトラブルは今に始まったことではない。エンジニアのなかにも,いい加減な仕事をする人はいた。だが最近は,そうしたトラブルが以前にもまして増えているようだ。

 「開発トラブルが,多くなっている感じがする。プロジェクト・マネジメント上の問題だといえばそれまでだが,発注者と受注者のそれぞれに素人が増え,相手に依存することが多くなっているのではないか」(あるインテグレータの部長クラス)。最近,明らかになった大和総研とエイチ・アイエス協立証券のトラブルは,その一例だろう。

 ここ1年ほどのあいだによく聞くようになった言葉に,「モラルハザード」がある。「倫理観,使命感の欠如」を意味し,問題が起きても責任をとろうとしないことを指す。経営の失敗を棚上げにして債権放棄を要求する建設会社や大手金融機関の経営トップ,自らの失言を他人のせいにするどこかの首相,捜査ミスを隠そうとする警察,自分は知らなかったで問題を乗り切ろうとする食品会社・・・。

 今や日本全体に蔓延しているかに見えるこの問題はしかし,規制や法律に守られ,競争がなかった業種や官公庁のものだった。厳しい競争が展開されている業界では,使命感の欠如した人や企業は,いずれ淘汰されるはずだからだ。

 ひるがえってIT産業は,比較的新しい産業だけあって妙な規制はほとんどない。外資系企業が次々に参入し,成果をあげていることが何よりの証明だろう。ところがIT業界でもモラルハザードと呼んでもいい状況が生まれている。

 前述した例に限らず,自動車業界なら間違いなくリコールの対象になる機種を平然と販売し,クレームを付けてきたユーザーにだけ対応するパソコン・メーカー,サポートの電話が全くつながらないインターネット接続業者やソフト・ベンダーなど,ちょっと冷静に考えると首を傾げざるをえない状態が,当然のこととしてまかり通っている。IT業界の人間にとっては常識の「ソフトウエアにバグはつきもの」も,他の業界からすると,常識外れだったりする。製品やサービスが不完全なまま,販売するのは許されないのが普通なのだ。

 なぜこんなことになっているのか。原因を考えると“ITに対する需要過多”にたどり着く。個人の場合は「うるさいことを言われるぐらいなら辞める。募集はいくらでもあるから,辞めても苦労はしない」,インテグレータなら「あいまいな発注も少なくなく,次々に仕事が来るなかで,1社のいうことを,そうそう聞いていられない」,そしてメーカーの場合は「(バグのない)完全な製品を出荷しようとしたら,それだけ出荷が遅れ,かえって利用者に迷惑をかける」といった理屈である。

 こうした理屈は,それはそれで一理ある。いやなら辞めるのは個人の自由だし,例えば電話による顧客サポートを24時間いつでも可能にするには莫大な費用がかかり,その分は製品の価格に跳ね返りかねない。

 だが,だからといって,今のままでいいということにはならないだろう。給料をもらって仕事をする以上,いやだから辞めるという論理には問題があるはずだ。第一,その後処理は,誰かが引き受けなければならない。

 米InformationWeek誌によると,米国では,週6日間毎日12時間働いたあげく,ようやく取った休暇がシステム稼働日と重なり,耐えきれずに退社するといった“燃え尽き症候群”が増えているという(日経コンピュータ11月6日号に翻訳記事を掲載予定)。増加の原因は複合的なものだが,結果として一生懸命まじめに仕事をする人に,大きな負担がかかっていることは確かだろう。そろそろここら辺で,エンジニアやインテグレータとしての責務やモラルを,考え直す必要がありそうだ。

(田口 潤=日経コンピュータ副編集長)

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