東京ビッグサイトで今,華々しく「WORLD PC EXPO 2000」が開かれている(10月21日まで)。無線通信機能を内蔵させたパソコンの新製品がめじろ押しだし,一方ではNTTドコモなどのブースで現行の通信速度を一桁高められる次世代携帯が展示され,ブロードバンド時代にどんなアプリケーションが提供されるか,コンセプトが次第に明確に提示されるようになった。

 しかし,どこもかしこも例としてプレゼンテーションしているコンセプト・モデルは動画,音楽配信などばかり。ブロードバンド時代のアプリケーションは「動画と音楽」だけ? と思わせる。しかし,一般のユーザーは「動画」と「音楽」配信をそれほど渇望しているのだろうか?

 見せられるデモは,ケータイの小さな画面内でかわいい女の子が手を振る映像。現行のケータイよりはるかに鮮明で,動きも滑らかだが,「だからナニ?」って気分にさせられる。確かに,「これだけの動画をこんなに小さな端末でスムーズに再生するのは通信技術,圧縮技術,再生アプリ,いずれも技術的にはスゴイ!」に違いないのだが,一般のビジネス・パーソンには感動を与えない。

 ちょっと思い出してほしい。あなたは会社で,あるいはご家庭で,LANにつながったパソコンを何に使っているのかを。そのネットワークはほとんどが10Mbpsないしは100Mbpsでつながっているはずだ。これこそ,まさにブロードバンド。この環境であなたは,どんなアプリケーションをどのような形で使っていますか? いまや小さなCCDビデオ・カメラをつなげば,すぐに動画を流せる。でも,それを日常業務で便利に使っていますか?

 きっと,そんなアプリケーションではなく,サーバーに置いた文書ファイル,データベース,UNIXやLinuxをお使いならサーバーに置いた共有のアプリケーションを端末から動かして,仕事をこなしておられるに違いない。でもその仕事,なんのストレスも感じないで,サクサクこなせていますか? 多くのユーザーはLANがもっと速ければいいな,とお感じになっているはずだ。

 さて,この環境を自宅にまで広げたときに,大きな壁が立ちはだかる。データベース・ファイルを読むにもずいぶん待たされるし,ネットの向こうに置いたアプリケーションを動かすのは,多くの場合に現実的でない。アクセス網がメガ・ビットのオーダーになってくれなければ,日常的に行っている仕事に大きなギャップができてしまう。

 私は編集長としていくつかの雑誌作りに関わってきた。イザというときに10Mbpsの回線が自宅から会社までつながっていればいいなと,何度思ったことか。多くの場合は会社で仕事をこなしていれば良いことだが,責任者ともなれば緊急で処理しなければならないこともたくさんある。そんなときにブロードバンド回線が不可欠なのだ。けっして動画を見たいからではない。単に日常的な仕事を効率的にこなしたいために高速回線が必要なのだ。

 ブロードバンド・ネットワークに関する議論に,「アプリケーションもないのにブロードバンドは不要だ」とか,「ブロードバンド・サービスを始めるなら,ふさわしいアプリケーションが必要」といった意見が出ることがある。そう言う人は,本当にネットワークの能力をとことんまで引きだして仕事をしているのだろうか。日ごろからネットを「使い倒して」いる人には,10Mbpsや100Mbpsでも遅すぎるだろう。LANはギガ・ビット,自宅周辺はメガ・ビットで,どこでも自由に移動しながらネットライフを今すぐに楽しみたい。

 頭で考えただけのコンセプトはもういい。ごく普通の,しかしネットをとことん生かした環境が今すぐほしい。光ファイバーを自宅に引く実験に参加させてくれないかなあ。

(林 伸夫=パソコン局主席編集委員)