Linux関連ビジネスを手がける企業に取材すると,決まって「コミュニティ」への支援という話が出てくる。もちろん,Linuxやその周辺のオープンソース・ソフトウエアは,ボランティアの開発者が集まって改良を続けているものであるから,それらを使ってビジネスをする以上,支援そのものは自然な発想だ。

 しかし,気になるのはコミュニティという単語を口にする際の企業担当者の態度である。まるで腫れ物にでも触るかのように話す担当者は決して少なくない。そして,そのような担当者がいる企業では,「支援」の具体的な内容についても,技術支援や人的支援は避ける場合が多いようだ。「企業が口をはさんでコミュニティの皆さんの気分を害さないよう,ソース改良などの技術支援を行う際は,社名を伏せて個人名で行わせている」と語る企業すらある。

 だが実際にコミュニティの開発者と話をしてみると,彼らが最も欲しているものの代表が,まさにその技術支援であり人的支援であることが分かる。ほとんどのプロジェクトで人手は慢性的に不足している。解決すべき技術的課題も山積している場合が多い。余程まずいやり方をしない限り,直接的な支援は歓迎される。

 コミュニティを構成するメンバーも企業人や学生であり,ごく普通の人々である。抽象化した「コミュニティ」イメージに振り回されることほど,双方にとって不幸なことはないだろう。

企業の支援で進む国際化

 企業の支援により進んだプロジェクトの例としては,Linuxの国際化に関するものが挙げられる。Cライブラリに国際化機能を実装する活動や,Linux全般の国際化を目指す「LI18NUX」プロジェクトには,さまざまな企業が参加して技術的な支援を行っている。

 Cライブラリの国際化機能は,間もなく登場するGNUプロジェクトの新しいCライブラリ「glibc-2.2」で完全に実装される。このライブラリの国際化機能の開発に協力したのは,「Linux研究会NLS分科会」(http://www.linuxjp.org/lrs/nls/index.html)の人々だ。同分科会は1999年4月から活動を開始し,glibcの中心開発者であるUlrich Drepper氏に協力する形で,glibc-2.2の国際化機能の実装作業に取り組んできた。

 同分科会には,これまでUNIXの国際化規格や,商用UNIXでの国際化機能の実装に携わってきた企業人も多数参加している。業務として参加している人,個人的な興味で参加した人のどちらもいるが,同会の活動でその差が問題になることはない。要は各人が必要な情報を交換し,やるべきことをすせば良いのである。

 「Linux Internationalization Initiative(LI18NUX)」(http://www.li18nux.org/)に至っては,日本アイ・ビー・エムやサン・マイクロシステムズといった企業主導でプロジェクトが立ち上がった側面がある。LI18NUXは,Linux環境での国際化を推進するため,標準の作成や開発者の協業を支援する目的で1999年9月に設立したグループである。同グループでは,CライブラリやGUIツールキットの国際化を始め,その上で動作するアプリケーションの国際化など,幅広い領域をターゲットに活動している。

必要なのは敬意だけ

 国際化以外でも企業がオープンソース・プロジェクトに直接支援した例は枚挙にいとまがない。そしてそれらの企業が,コミュニティに悪印象を抱かれた例は寡聞にして聞かない。Linuxや周辺のオープンソース・ソフトウエアに不足している機能,パフォーマンス上の問題はまだまだ多い。ソース公開などいくつかの条件をクリアできるようであれば,協力していただきたい。

 支援に際して必要なのは,コミュニティに対し,「これまでプロジェクトを推進してきた」ことへの敬意だけだ。具体的には,これまで続いてきた意思決定プロセスや開発スタイル,習慣を頭から無視,否定するような方法は避ける方が良いということである。これは何も,コミュニティ支援に限らず,既存の団体に参加する際の当然の心得だ。

 ある特殊な意味を感じさせる「コミュニティ」という言葉に,必要以上に構えることはない。

(末安 泰三=日経Linux編集)