「茶髪の人やスニーカを履いた人に,この最強サーバーを売りたい」。日本アイ・ビー・エム(IBM)の幹部は,世界最速となったIBM製メインフレームの期待される購入層についてこう話す。これまでメインフレームと言えば,スーツを着た企業のCIO(最高情報システム責任者)や情報システム部門長に対し,IBMの営業や幹部が足繁く通い発注オーダーをもらうものだった。しかし,インターネットの隆盛はビジネス現場の発言権を強め,情報システム部門の関与の割合を大きく減らしたようだ。

 今後はeビジネスの推進部門にメインフレームを売り込みたいというのが,IBMのメッセージの背景だ。1台で数億円もするコンピュータの売買でも,市場はここまで変化を遂げたとも言える。同時に,IBM社の問題点も浮き彫りにしている。

 IBMは10月第1週に,S/390メインフレーム後継機をはじめとしたサーバー・ラインのブランド統合を発表した。大きな驚きは,日本IBMがメインフレームという呼び名はもちろん,富士通や日立製作所のメインフレーム事業にダメを押す,恐るべき性能についてほとんどコメントしなかったことだ。その代わりに,従来の上位から並べてS/390,RS/6000(UNIXサーバー),AS/400(ビジネス・サーバー=オフコン),Netfinity(PCサーバー)というそれぞれ何ら互換性も持たないサーバー・ラインを,あえて「eserver」というブランド名で一括りした。

 IBMはこれまで数億ドル以上も投入し,相応の地位を築いてきたサーバー・ブランドを惜しげもなく捨てた。大きな賭けに出たと言える。過去コンピュータ業界で,互換性のないコンピュータを共通シリーズ名で統合した例は,米ユニシスなど企業合併を理由にいくつかあるが,かえって混乱を招きシェアを落としている。あえてIBMはこのタブーに挑戦する。しかし問題はUNIXサーバーやPCサーバーなど,成長率の高いサーバーのシェアに関してIBMはいずれも世界3位とトップに立っていないことだ。名称変更により,さらに両サーバーの存在感を薄くするおそれがある。

 新サーバー名は,eServer zシリーズ(メインフレーム),同pシリーズ(RS/6000),同iシリーズ(AS/400),同xシリーズ(Netfinity)などと言う。従前の面影がほとんどなくなった。恐らくIBM社内やIBMサーバーの再販業者,さらにユーザーも新旧を関連づけられず戸惑うことだろう。富士通が2000年に入ってからグローバル戦略のもとにサーバーの呼称を統合した。しかし,従来機種との突き合わせをまともに言える人は,内部にも少ない。もちろん社外の人はその比ではなく,富士通社内には反省の声もある。IBMは相当長い期間にわたってブランディング活動を展開しなければならないだろう。だが,今のIBMにその余裕はないというのが一般的な見方だ。

 理由は,IBMが99年秋にS.パルミザーノ上級副社長というエースをサーバー部門の責任者に据えながら,思った成果を得られなかったためだ。パルミザーノ氏は就任早々1億2000万ドル(120億円)以上をサーバーのプロモーションに投入し“サンセット戦略”を発動,IBMのサーバーを「魔法の箱」として大宣伝した。しかし,過去最大のサーバー・キャンペーンからの果実が得られるはずの2000年第1四半期と第2四半期に,IBMは逆に売り上げを減らしてしまった。原因はサーバーの不振だ。IBMのL.ガースナー会長は次代のエースを傷つけまいとパルミザーノ氏をCOO(最高業務執行責任者)に任命し,現場からさっと引き上げてしまった。

 IBMの2000年上半期(1~6月)は売上高が3%減少し,利益は10%減った。だがこのあいだ,冒頭の茶髪とスニーカを履くインターネット・パーソンを主要顧客とし破竹の勢いを示す米サン・マイクロシステムズは,売り上げを39%,利益を87%も伸ばした。サン社のS.マクニリー会長は,「夜間飛行する2機の宇宙船のうち,1機は上昇し,1機は墜落した」と皮肉った。マクネリ氏の皮肉は一部正鵠(せいこく)を射ている。IBM社のサーバーの売り上げは99年に18%減少し,2000年上半期は11%減った。ストレージ装置を除くと恐らくもっと減少幅は大きいはずだ。

 IBM社のサーバー・ブランド変更の影響は大きそうだ。今日,IBMの売り上げに占めるサーバーの割合は10%にも満たない。しかし,IBMはいまだサーバー販売に頼り,他のIBM製品やサービスに対する需要を生み出しているからだ。IBMの99年のソフト売り上げ(126億ドル)のうち3/4がIBMサーバー向け。また,メインフレームを1ドル売り上げれば,3ドル以上の「IBMその他製品の売り上げ」が付属的にもたらされているのが現状だ。サービスもサーバー依存の形は変わらない。2000年上半期は,サーバーの不振によりサービス事業はわずか1%増と沈んでしまった。

 IBMのサーバー・ブランド統一作戦が成功しなければ,これらの付随する売り上げは打撃を被る。特に99年,IBM社の粗利の40%に貢献したメインフレームが引き続き不振をかこつならば,IBM社の業績回復はおぼつかない。成長率の高いUNIXサーバーやPCサーバーは,メインフレームよりはるかに利益が少ないのである。IBMは4つのサーバー・シリーズをeserverという統合ブランドのもとにまとめるものの,4シリーズは連綿と生き続けている。IBM社はこれを多様な製品を持つことが強みだと主張する。しかし現実には利益からみて,古いコンピュータを廃止する余裕がないのだ。

 メインフレームはスニーカを履いてもメインフレームであることは変わらないし,IBM社の上下左右に入り組んだ機種の多さは不変である。つまり,引き続きユーザーに混乱したメッセージを送り続けることも変わらないのである。

(北川 賢一=日経システムプロバイダ主席編集委員)