最近,日本でも「ブロードバンド」(broadband)なる言葉をあらゆるメディアで目にするようになってきた。直訳すれば「高速・広帯域」。何の変哲もない言葉である。

 しかし,これが21世紀のキーワードとなりつつあるのだ。元々は米国のCATV事業者が言い出した言葉で,他の地上回線に比べCATV網を使った通信サービスが高速なことをアピールするために使い始めた。日本では,CATV事業者よりも,ソニーや新興通信事業者などがその企業戦略や通信サービスの速度を強調するために利用することが多い。

 ここまで聞くと,なかには「何だ,かつての『ニュー○○○○』や『マルチ○○○○』といったブームを表す言葉か」と思う方がいるかも知れない。確かに,似た部分も多いし,延長線のようにも見える。

 だが,決定的に異なることがある。一つは,かつてのように「全く新しい何かが出現する」意味では使われていないこと。では,ブロードバンドとは何か。

 今,多くの人が語るブロードバンドとは,高速化していくインターネットを指していると考えられる。言葉の定義も明確である。通信速度さえ定義すれば,それがブロードバンドだと言えるからだ。あるコンテンツ・プロバイダは,「300kビット/秒以上あれば新しいビジネスが立ち上がる」という。「512kビット/秒以上がブロードバンド」という通信事業者もいれば,別の事業者は「4Mビット/秒以上ないとブロードバンドとは呼べない」と豪語する。現段階で,これらの速度に厳密さはない。しかし従来のブームでは,こうした具体的な数字は出てこなかった。

 なぜ,こうした具体的な数字が出るようになったのか。それに見合う高速な通信サービスが登場しているからである。以前との大きな違いはここにある。CATVインターネット,xDSL,FWA(固定無線アクセス)など,数百kビット/秒以上の速度を持つ様々なサービスが,一般家庭にも手に届く料金で提供されつつある。つまり,夢物語の世界ではなくなっているのだ。

 とは言え,かつてと変わっていないこともある。最も重要な,「それで何が変わるのか」を示す具体的なアプリケーションがなかなか見えてこないことだ。何となく大きな変革がありそうだという感覚は持てても,具体的なイメージが沸いてこない。音楽/映像配信やテレビ電話/会議・・・。何か代わり映えがしないアプリケーションしか出てこない。何かの置き換えでは,変革とは言えなさそうだ。ん~,やっぱり大きな変化はないのか?

 では,こう考えたらどうだろうか。交通機関の発達は,リアルな人間という存在を,リアルな場所へ高速に運ぶことで大きな変化をもたらした。通信・放送の発達によって,事件やニュースといったリアルな世界で起こった出来事を,テレビ画面の向こうといったバーチャルな世界にいったん代え,それを視聴者のいるリアルな世界へ高速に運べるようになった。つまり自宅で報道番組を視聴することは,自分の部屋というリアルな世界で,TV画面というバーチャルな世界を介して現実の出来事を見ていることになる。

 交通機関や通信・放送がもたらして変化は分かった。では,ブロードバンドは何をもたらすか。それは片方だけをバーチャルにするのではなく,双方をバーチャルにすることではないだろうか。

 テレビ会議を例にしよう。今はテレビ同様に,双方のいる場所はリアルな世界である。これを,お互いがバーチャルな世界に入り込み,あたかも同じ場所にいるように会議をする。つまり,『バーチャル+バーチャル』でリアルを作れてしまうということだ。

 来年には,自分自身を主人公にして画面に入り込んでしまうゲームが登場すると言われている。自分の分身と化した架空の人物がネット上を駆けめぐり,会議,旅行,ショッピングにと大忙し。さすがに食事はリアルの世界でしかとれないが・・・。

 ブロードバンドは,こんな世界を作り上げてしまうのではないだろうか。

(小出 由三=日経コミュニケーション副編集長)